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マイクロソフトを変えたCEOの手腕…勝利の法則は「常に礼儀正しく公正であれ」

ライフ・マネーFLASH編集部
記事投稿日:2022.10.04 16:00 最終更新日:2022.10.04 16:00

マイクロソフトを変えたCEOの手腕…勝利の法則は「常に礼儀正しく公正であれ」

バルマー(右)とナデラ(写真:AP/アフロ)

 

 マイクロソフトの元CEOであるスティーブ・バルマーについて、フォーブス誌は「今日のアメリカの大手上場企業の中で最悪のCEOだ」と断じている。

 

 彼の攻撃的な、自分以外はすべて敵とみなすような態度のせいで、マイクロソフトは、スマートフォン、ソーシャル・メディア、クラウドなどが中心となる時代に乗り遅れた。彼の任期中に起きた大きな変化にはすべて乗り遅れたと言ってもいいだろう。

 

 

 もちろん、ITのように変化の速い業界で企業を経営していれば、失敗はつきものだが、それにしても失敗が多すぎた。バルマーがCEOを退任すると発表した日、マイクロソフトの株価は一気に7.5%も上昇した。

 

 バルマーのあとを継いでマイクロソフトのCEOになったサティア・ナデラは、ほぼあらゆる面でバルマーと正反対と言える。ナデラは、IT業界の大企業においては、常に礼儀正しく公正であろうとする姿勢が有効であること、そういうタイプのリーダーが企業に利益をもたらし得ることを証明したのだ。

 

 ナデラはインド生まれだ。父親は上級公務員で、転勤が多かった。ナデラは一人っ子だった。10代の時の目標は、インド中産階級家庭の「聖杯」とも言うべき、インド工科大学への入学資格を得ることだったが、試験に失敗してしまう。

 

 父親は、ありとあらゆる試験で満点を取ってきた人だったので、「息子のできの悪さにショックを受けていた」とナデラは回想する。サティア・ナデラは、21歳の誕生日に、アメリカに渡る。大学院に入るためだ。ただし、入ったのは、有名なMITやカリフォルニア工科大学(キャルテク)ではなかった。どちらかといえば地味なウィスコンシン大学ミルウォーキー校の電気工学科である。

 

 ウィスコンシン大学ミルウォーキー校は電気工学に強く、ナデラ自身の成績も優秀だったことから、マイクロソフトに入社することができた。入社後はゆっくりとだが、出世の階段を上がっていく。

 

 ナデラは冷静で穏やかな態度を保ったまま、業績目標を次々に達成した。そしてついに2014年、バルマーが退任すると、あとを継いでマイクロソフトCEOになった。

 

 CEOになって最初の仕事は、会社全体の意識改革だった。「敵」というものに対する考え方を変えさせたのだ。

 

 バルマーはデトロイト生まれ、父親はフォードの幹部で、敵は自分に危害を加える存在だというのが常識だった。GMが市場シェアを伸ばせば、フォードのシェアは下がる。マイクロソフトの社員にも同様の考え方をさせようとしたのはごく自然なことだ。

 

 ナデラにもバルマーの考え方は理解できた。だが、その考えでは世界が狭まると妻が教えてくれた。他人への共感、敬意がいかに重要かを学んだのだ。「常に他人を尊重する、その単純な原則は生涯有効だ。コンピュータ科学者の私は、その単純さが気に入っている」。ナデラはそう言う。それこそまさに、ナデラが社内全体に広めようとした原則である。

 

 ナデラはCEOになって間もなく、会社全体の意識を変えることに成功した。相手に対し攻撃的になるのではなく、心を開き敬意を持って接することが常識になったのだ。ナデラは、グーグルやフェイスブックをはじめ、多数の企業と関係を結んでいくとした。

 

■人事評価を変える

 

 この新しい態度はすぐに根付いたわけではない。そのためには、会社を大きく変革させる必要があった。いくら上から「外の世界に対して門戸を開こう」と号令をかけても、長年、それとは正反対の態度で仕事をするのに慣れていた人たちがすぐに言う通りにするわけはない。

 

 それまでのマイクロソフトでは、バルマーが導入した「スタック・ランキング」という人事評価制度で社員の昇進が決まっていた。これは、マネージャーが社員をいくつかのレベルにランクづけするという評価制度である。

 

 たとえば、あるプロジェクトにエンジニアとマーケターが合計で10人参加したとしたら、そのうちの2人が「最高」レベル、7人が「中間」レベル、1人が「不適格」レベルにランクされる。

 

 この制度はわかりやすい。「このプロジェクトのスターは誰なのか」と問われれば即座に答えられることは確かに多いだろう。しかし、この制度を機械的に運用するのは問題である。それこそ完全な「ゼロサム世界」が作りあげられてしまう。

 

 たとえば、同僚の1人が上司にお世辞を言い続けて、それで「最高」レベルにランクされたとしたらどうだろうか。他の人たちはその代わりにそれより下のレベルにランクされてしまうし、必ず誰かが「不適格」にランクされることになるのだ。

 

 また、プロジェクトが完了し、その成果が現れるまでには数ヶ月、場合によっては数年かかるにもかかわらず、評価は短期の間に下される。本来、プロジェクトの目的は、良い製品を世の中に送り出すことのはずなのだが、この評価制度だと、誰もが、自分の社内での短期的な評価を高めることを目的に動くようになる。他人の功績を横取りすることや、優れたアイデアをすべて自分の発案のように見せかけることが横行する。

 

 バルマー時代の有名な風刺画が、その状態を見事に表現している。ひたすら効率を重視するアマゾンの組織が単純な階層構造になっていたのに対し、マイクロソフトは、互いが互いに銃口を向け組織内で皆が常に戦っている状態になっていた。

 

 スタック・ランキングは、社内に無数の「ミニチュアのバルマー」を作り出す仕組みだった。バルマーのように誰もが皆に対して攻撃的な態度を取り、誰もがマイクロソフトの中の世界だけに目を向けるようになる。

 

 バルマー自身も途中でそのことに気づき、評価制度を徐々に修正し始めた。ナデラは、バルマー時代の人事評価制度を根本から変えた。上司による評価は引き続き行われるが、以前のように絶対的なものではなくなった。

 

 マイクロソフトの社員たちは、自分の周囲に自分で築き上げた壁の外を恐る恐るのぞき始めた。そして、他人を信用するとどうなるかを確かめ、どうやら新しい考え方を受け入れても良いようだと判断した。

 

 ナデラの評価が本当に定まるのはまだ先だろうが、CEOになって初年度の努力は実を結んだと見ていいだろう。

 

 バルマー時代のマイクロソフトは、外の広い世界ではなく、内側ばかりに目を向けていた。ナデラ時代にはその反対に外に目を向けるようになり、他者と協調する道を探るようになった。協調しても会社は弱くならず、強くなると考えるようになったのである。

 

 それによって、モバイル、クラウド・コンピューティングの時代になって輝きを失いかけた会社が再び力を取り戻す可能性がある。

 

 バルマーは、フォーブス誌に「最悪のCEO」と評されたが、それからわずか6年後の2019年末、ナデラは、フィナンシャル・タイムズ紙の「今年の人」に選ばれた。実際、ナデラがあげた業績は、バルマー時代をはるかに上回るものだ。2020年はじめ、マイクロソフトの株主利益は1兆ドルを超え、時価総額は、サムスンとフェイスブックを合わせたよりも大きくなった。

 

 賛辞の声を聞いて、ナデラは「確かに私の努力も役立ったとは思うが、実際に素晴らしい仕事をしたのは社員たちだ」と繰り返し言っている。それは心からの言葉なのだろう。

 

 ナデラのような公正な態度は、多くの利点がある。

 

 自分の言いたいことばかりを言うのではなく、他人の話によく耳を傾ければ、向こう見ずに前に進むことは防げるだろう。常に外に向かって心を開いていれば、固定観念を排除できる。そうすれば、行動の結果は自ずと良くなるはずだ。他人に惜しみなく何かを与えられる人になれば、周囲から感謝されるようになる。皆が互いに感謝し合っている環境では新しいものが生まれやすい。「敵」とみなせる相手に対しても過剰に攻撃的にならなければ、敵を仲間に変えられる可能性がある。

 

 なぜこの態度が良いのかは、立場を反転させてみればよくわかる。いつも話をよく聴いてくれて、長所を最大限活かせるよう手助けをしてくれて、絶えず周囲から守ってくれる、そういう人がいたら、共に働きたいとあなたも思うのではないだろうか。

 

 

 以上、『「公正」が最強の成功戦略である 「いい人では勝てない」のウソ』(デイヴィッド・ボダニス著、夏目大訳、光文社)をもとに再構成しました。「お人好し」はダメだけど、「悪いヤツ」では勝てない――このシンプルな法則を歴史的事例から解き明かします。

 

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