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中絶論争も銃も…アメリカが分断されている理由は「教会の歴史」をみればよくわかる

ライフ・マネーFLASH編集部
記事投稿日:2022.10.28 16:00 最終更新日:2022.10.28 16:00

中絶論争も銃も…アメリカが分断されている理由は「教会の歴史」をみればよくわかる

銃規制を求めるアメリカの集会(写真:新華社/アフロ)

 

 アメリカを考えるうえで、重要なのは教会の歴史だ。それは教会が、アメリカ社会の骨格そのものをかたちづくったからである。

 

 日本人のアメリカ理解は、えてして表面的である。アメリカにそれなりに詳しいひとでも、似たようなものだ。なぜか。それは、アメリカの教会を、すっ飛ばしているからである。

 

 日本人は、キリスト教の理解が足りない。アメリカの教会の歴史がわかっているひとは、なお少ない。ちょうどよい本もない。教会ぬきにアメリカを理解しようとするのは、飛車も角もなしで、将棋を指そうとするようなものだ。

 

 

 教会ならヨーロッパにもある。でもその役割が、アメリカでは根本的に異なる。

 

中絶論争

 

 アメリカ社会は分断されている。それは、教会の分断である。アメリカには教会がいくつもある。信仰をめぐって意見が喰い違っている。

 

 たとえば、中絶(人工妊娠中絶)の是非。2022年6月24日、最高裁は1973年の判決をくつがえして、中絶を禁止する州法は合憲、との判断を下した。

 

「プロライフ」(生命尊重、つまり、中絶反対派)の人びとは言う。神が人間を造る。それも一人ひとり、受精の瞬間に。そうやって存在し始めた人間を中絶するのは、殺人に等しい。決して許すことはできない。

 

 受精の瞬間に……というのは実は、カトリックの考え方だ。でもアメリカの福音派の人びとは、同様に考える人びとが多い。だから今回の判決は、大歓迎された。

 

 これに対して、「プロチョイス」(選択尊重、つまり、中絶賛成派)の人びとは言う。受精卵は発生の過程で、だんだん人間になる。初期の胎児はまだ人間でなくて、母体の一部。だから、母親には、産まない権利がある。これを、母親でない誰かが奪うことはできない。

 

 ふたつの立場は、議論が平行線で、折り合わない。もとはと言えば、教会の立場の違いなのだ。ここがわからないと、アメリカ人のものの考え方に手が届かない。

 

■銃規制論争

 

 銃規制の問題も、世論を二分している。アメリカでは、誰でも銃が持てる。だから、乱射事件がしょっちゅう起こる。なぜ銃規制をしないのか。全米ライフル協会のロビー活動のせいか。

 

 その不思議を解くカギは、植民地時代にさかのぼる。タウンがあった。教会もあった。人びとは銃を手にして、地域社会を守っていた。

 

 アメリカが独立するとき、市民も銃を手に戦った。やっとできた政府が、市民の自由を奪ったら大変だ。市民が銃で武装する権利を、憲法にしっかり書いておこう。アメリカ合衆国憲法の修正第二条がそれである。ロックのいう抵抗権を保証している。

 

 これが銃をもつ権利だから、護身用ではない。護身用なら拳銃で十分。セミオートマティックで連射できる銃も持てるのは、それが現代の、歩兵の標準装備だから。市民が政府軍と戦うには、同等な銃が必要なのだ。

 

 ソ連やドイツや日本などが権威主義的な体制になった。でもアメリカは、民主主義を守り続けた。自由の砦だ。その裏付けが銃。そして、キリスト教(プロテスタント)の教会がいくつもあることだ。教会は良心のありかである。教会はいくつもあって、全部をねじふせるのは困難だ。市民が政府に屈しない根拠である。

 

 アメリカが自由の国であり続けてくれたおかげで、世界は大きな恩恵を受けた。アメリカで毎週のように起こる銃の乱射事件は、だからある意味、民主主義のコストなのだ。痛ましい事件があっても、すぐ銃を規制しない。市民から銃を奪わないのだ。

 

■アメリカの原風景

 

 人びとが抱く古きよきアメリカのイメージは、だいたいこんな感じだ。

 

 緑豊かな田園に、タウン(町)がある。教会の尖塔がみえる。タウンの人びとは同じ宗派に属し、日曜には教会に集まる。学校や警察や消防署がある。タウンの庁舎もあって、選挙で選ばれた町長がいる。教会の建物はミーティングハウス(集会所)をかね、大事なことは、タウンミーティング(町民総会)で決める。直接民主制だ。タウンは自律した自治組織なのだ。

 

 隣のタウンにも、教会があるだろう。違う宗派かもしれない。違う宗派とはあまり交流しない。アメリカが、あれだけ広い場所に散らばって住んでいるのは、違った宗派の人びとと顔を合わせないためだとも言う。

 

 自治をむねとする人びとは、州政府や連邦政府を警戒する。とくに連邦政府がどこかの教会に肩入れして、ほかの教会を圧迫したら大変だ。だから、政教分離(separation of church and state)の原則を決めてある。それでも心配で、銃を手にする権利を手放さない。

 

■教会同士の化学反応

 

 アメリカで、教会と教会は仲が悪い。宗派が違えば、仲が悪いのがふつうだ。同じ宗派でも、近所の教会と仲が悪かったりする。会衆派などのように、個々の教会が独立していて、外の指図など受けないぞと思っている場合だ。

 

 仲が悪いのは、信仰について真面目だから。そして、信仰のエネルギーが高いから。そこで、違った信仰と信仰がたまたまぶつかると、化学反応を起こす。新しい教会や宗派が生まれたりする。アメリカの教会の歴史は、この繰り返しである。

 

 このように、アメリカの人びとの考え方や行動様式を理解するには、教会の歴史に注目するのが手っ取り早いのだ。

 

 

 以上、橋爪大三郎氏の新刊『アメリカの教会~「キリスト教国家」の歴史と本質』(光文社新書)をもとに再構成しました。多宗派、分裂、統合、栄枯盛衰……社会学の泰斗がアメリカの真髄を分析します。

 

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