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「ジャポニカ学習帳」昆虫の表紙を撮って40年…亡くなった山口進さんが語っていた “波乱すぎ” 撮影探検記

ライフ・マネー 投稿日:2022.12.29 14:39FLASH編集部

「ジャポニカ学習帳」昆虫の表紙を撮って40年…亡くなった山口進さんが語っていた “波乱すぎ” 撮影探検記

 

 12月23日、昆虫・植物写真家の山口進さんが、肝性脳症のため、山梨県北杜市の病院で亡くなった。74歳だった。

 

 1948年、三重県生まれ。脱サラ後に昆虫・植物写真家となり、昆虫と花の共生などをテーマに世界中を駆けめぐり、取材を続けてきた。小学生を中心に人気のある「ジャポニカ学習帳」の表紙を40年以上にわたって担当。『ダーウィンが来た!』(NHK)の撮影、企画も手がけた。

 

 

 著書に『珍奇な昆虫』(光文社新書)、日本児童文学者協会賞を受賞した『万葉と令和をつなぐアキアカネ』(岩崎書店)など。

 

 SNSでは、山口さんを悼む声が多くあがった。

 

《「ジャポニカ」の表紙の写真が懐かしいです》

 

《ジャポニカ学習帳、愛用してました お悔やみ申し上げます》

 

《ジャポニカ学習帳第一世代なので、あの新しさは子供心に衝撃でした。本当にありがとうございました》

 

 小学生のころ、誰もが手にした「ジャポニカ学習帳」。近年は表紙に昆虫写真が使われなくなっていたが、2020年、50周年の節目に、8年ぶりに復活。その際、本誌は、山口さんに話を聞いている。

 

 山口さんの、穏やかな語り口からは想像もできない、波瀾万丈な人生、そして撮影探検録とは――。

 

「富士通のシステムエンジニアだったある日、デパートで昆虫写真展を見たんです。それ以来、写真家になりたい気持ちを抑えられなくなって……。

 

 童話作家をしていた叔父に相談すると『たぶん食えないだろうが、やる価値はあるぞ』と。それで決心したんです。

 

 叔父から、『ニューギニアへの切符なら手に入る』と教えられ、ある飲み屋に向かいました。すると、海運会社の社員がいて、『貨客船でニューギニアに行きたい』と交渉し、乗せてもらえることになりました」

 

 エリート会社員の地位を捨て、退職金で買ったカメラを片手に2カ月間、インドネシア・ニューギニア島へ。

 

「カメラは独学で、とにかく撮り続けて、なんとか初撮影を終えました。しかし、帰りの船が出る日に港へ行ったら、『1カ月遅れる』と。お金も底をつき、どうしようかと悩んだ末、1カ月ほど、近くの先住民の集落にお世話になりました」

 

 帰国後も行動力はそのまま、『アサヒグラフ』の編集部に手紙を送った。

 

「すると、すぐに全64ページ中の32ページで特集を組んでくれたんです。その後は、連載も決まりました。おかげさまで生活はできるようになりましたが、次の取材費に回す余裕はありませんでした。

 

 そこで、会社員時代のスキルを生かしたバイトをすることに。当時はプログラマーが少なかったので、けっこういい稼ぎになったんです。印刷した大量のコンパイルシートを海外に持って行き、電話でバグ取りの指示をしたこともありましたね(笑)」

 

 その後、ジャポニカ学習帳の担当者からオファーがあり、1978年から表紙を撮ることとなった。

 

「印象深いのは、アフリカ・旧ザイール(現コンゴ民主共和国)のドルーリーオオアゲハ。当時まだ撮影されたことがなかったアフリカ最大の蝶です。

 

 滞在許可が1カ月しか下りず、2週間かけて生息場所を突き止め、残り2週間でなんとか撮影できました。でも帰国して現像すると、カメラの不具合で半分以上が真っ黒……。肝を冷やしましたが、いくつかは現像できてホッとしました

 

 1990年当時の旧ザイールは、治安が最悪で、熱帯病だらけの場所だったんです。ザルモクシスオオアゲハの撮影にも初めて成功した、思い出深いロケになりました。標本は興味ないのですが、この2種の蝶だけは標本で手元に置いてあります。

 

 ネプチューンオオカブト、エレファスゾウカブト、アクティオンゾウカブトなどの巨大なカブトムシも、中南米の広大な森林にいます。近年の急激な森林伐採で生息環境が悪化していることは確かです」

 

  海外ならではの恐怖体験も。

 

「中米・ホンジュラスでは、ヘラクレスオオカブトを撮影しました。山奥の朽ち果てた山小屋で2週間ほど宿泊した際、近くの小川で顔を洗っていると、対岸にジャガーが……。

 

 それ以上に怖かったのは、南米・コロンビア。首都・ボゴタで高山蝶を撮影した帰り、数人の強盗に囲まれたんです。全財産を持ち歩いていたので、必死で抵抗したら、刀で額を切られて。血しぶきで、ほとんど目が見えなくなりました。それでも抵抗し続けたら、今度はピストルを出されてギブアップ。

 

 逃げ去る強盗を追いかけようとしたんですが、さすがに周囲の人に止められました。結局全財産奪われて、血まみれのまま現地の警察で事情聴取を受けたんです。そのあとパスポートが再発行されるまで、日本大使館の管理するマンションへ。そこで落ち着いたとき、ようやく恐怖が襲ってきました(笑)」

 

 相手は生き物と自然。もちろん、こちらの都合でチャンスを与えてはくれない。

 

「ナミビアのナミブ砂漠では、サカダチゴミムシダマシを撮影しました。彼らは砂丘の上で、逆立ちをするんです。そして体に付着した水滴を口に集めて、水を飲む。乾燥した砂漠で生きるための知恵ですよね。

 

 霧が出た日の明け方に見られるのですが、10日に1回しか霧が出ないんです。これは耐久戦でした。砂漠は見通しがよいので、30m先でも見つけられるんです。でも砂が振動を伝えるので、そーっと近づいて撮影するのが大変でした。

 

 日中は砂の中に潜っているので、夜明け前の霧が出るときを狙うしかないんです。毎日朝4時に起きて、霧が出たのは1週間後。外に出ると、視界がきかず、すぐにびしょ濡れになるほどの深い霧で、靴に砂が入りますし」

 

 限られた時期にしか見ることができない絶景も。

 

「南米・ブラジルでの体験は忘れられません。パラグアイオオオニバスと、その受粉を媒介するコガネムシの撮影を、パンタナル自然保護地域でおこないました。乾季にだけ入ることができて、船で移動するんです。雨季になると入れない場所なので、貴重な写真になりました。

 

 水面に浮いた葉は、大きいもので直径2mほどまで成長します。極楽浄土のような光景ですが、周囲はジャガーの生息地。1日に10頭くらい見ました。歩くスピードが速く、襲われるのではとヒヤヒヤしました」

 

 近年、昆虫嫌いの子供が増えているが……。

 

「都市部って、ゴキブリ・ハエ・蚊など、イメージの悪い昆虫が多いですよね。だから、嫌いになるのもうなずける。一方で、インターネットが普及して、いろんな昆虫を手軽に見ることができます。最近多い昆虫好きの女性なんて、ひと昔前まで聞いたことがなかった」

 

 最後に、山口さんはこれからの “野望” を語ってくれていた。

 

「撮影に行った世界各国で古書を収集するのが趣味で、日本に3冊しかない探検記もありますよ。いまは、そうした趣味で集めている古書に出てくる昆虫と、その写真を組み合わせた作品を考えています。ただ写真を見せるより、とっかかりがあったほうが楽しいでしょう。

 

『ファーブル昆虫記』に出てくるフンコロガシは、汚ない名前ですが、とても魅力的ですよね。最初から拒絶せず、好奇心を持って向き合った先には、素敵な世界があるはずです」

 

 最後まで昆虫と花の魅力を伝える “野望” を語ってくれていた山口さん。山口さんの思いは、「ジャポニカ学習帳」で学んだ世代に受け継がれていくだろう。

( SmartFLASH )

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