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【戦時下のウクライナ】市内のスーパーには「越乃寒梅」、バレエ公演は通常どおりの理由

ライフ・マネーFLASH編集部
記事投稿日:2023.07.31 11:00 最終更新日:2023.07.31 11:00

【戦時下のウクライナ】市内のスーパーには「越乃寒梅」、バレエ公演は通常どおりの理由

日常生活が続くウクライナの首都キーウ(写真:ロイター/アフロ)

 

 サントリーの高級ウイスキーに、日本でも有名な日本酒「越乃寒梅」。ウクライナの首都・キーウ市内のスーパー「WINETIME」には、日本や欧米の高級酒が棚に並ぶ。ほかにも、ラムやジン、ワインなど数百本が取りそろえられている。ここは戦争をしている国だ。なのに、なぜこんなにたくさんのお酒があるのだろうか。思いもよらぬ光景に疑問がわいた私は、ウクライナ人店員に尋ねてみた。

 

 

「酒だけじゃありません。肉や魚も置いています。その中から選んで店内の調理コーナーに持っていっていただければ、調理員がいますので温かい料理もここで食べられます。もちろんアルコールも一緒にどうぞ」

 

 肉の加工品は、国産のほかドイツなどの産品もあった。魚も鮮魚が並ぶ。すべて鉄道とトラックで輸送し、首都まで運び込んでいるのだ。

 

 店員の言う通り、この店には奥にイートインのコーナーがあった。テーブル席が約10席あり、数十人が座れる。私はタコの足とキスに似た魚を選んで調理コーナーに持っていき、食事をした。その量は多く、少し残してしまうほどだった。

 

 私がキーウで借りていたアパートの近くでも、イタリア料理やジョージア料理、アジア料理などのレストランや、多数の喫茶店が営業していた。

 

 ある時、イタリア料理店で地元住民十数人が、誕生パーティーを開いていたことがあった。歌を歌ったり、大声で話したりの大騒ぎ。「キャー」という甲高い歓声があがった時は、隣席にいた私は思わず耳をふさぎたくなった。

 

「志願して前線で戦っている兵士もいれば、こうしてレストランで楽しむ市民もいる。人によって価値観が違うのだろうか。前線にいる兵士たちは、後方でこうした生活を享受する人々がいても納得しているのだろうか」

 

 彼らの姿を見て私はそう思った。そして、このことを思い切ってウクライナ人ジャーナリストに話したところ、彼からは次のような答えが返ってきた。

 

「普通の生活を営む人々がいてこそ、前線の兵士も戦える。暮らしを守るために兵士がいる。国民全員が戦争に狩り出されるようになったら、勝てないだろう」

 

 レストランだけでなく、近所のスーパーも普通に営業していた。特にペットコーナーが充実し、犬猫のエサも数十種類ある。パッケージ入りのエサは大きさに応じて数十円から1000円、缶詰は数百円と、お手頃な価格だ。オイル類やソーセージは日本よりずっと種類が多い。ウクライナの企業が作った寿司、インスタントの野菜うどんといった日本食も棚にある。

 

 また、取材当時はクリスマスシーズンを控えていたこともあり、若いカップルがツリーの飾りつけを選んでいた。これも赤や緑の飾りなど、数十種類ある。品によっては日本のスーパーより豊かだ……。そう心の中でつぶやいた。

 

■バレエの公演を続ける理由

 

 豊かさは、芸術でも感じた。

 

 キーウが誇るウクライナ国立歌劇場。155年の歴史を持つ、ウクライナの宝だ。

 

 私が訪ねたその日はバレエの『ドン・キホーテ』を上演していた。あごひげをつけ、顔を白く塗った細身のドン・キホーテがくるくると舞う。1階席から大きな拍手が沸いた。本当に戦争中なのか……。ここでもそんな疑問が心に浮かんだ。

 

 だがそれは、考えが浅かった。実はロシアのミサイル攻撃でしばしば空襲警報が鳴るため、公演は大幅に規模が縮小されていた。主催者の招きで楽屋を訪ねると、この日出番のないバレリーナが、静かな口調で語ってくれた。

 

「お客さんは1階席だけ。2階席以上は入れません。ミサイル攻撃があれば、空襲警報が鳴る。すると、劇場地下の防空壕へご案内しないといけません。1階席の人数だけなら防空壕へ入れますが、それ以上は入りきらない。2~5階席にお客さんを入れるのは危険なのです」

 

 舞台上のバレエダンサーの数も、ロシア侵攻前より少ないという。ウクライナでは侵攻後に、約1200万人の国民が国外へ避難した。ダンサーが少ないのは、一部が国外へ避難し、海外で活動を始めたためである。ドン・キホーテを囲む踊り手は、少しまばらで、バレリーナ同士の間にちょっとだけ空間ができていた。

 

 なぜそこまでして公演を続けるのだろうか。その気持ちを、舞台が終わって楽屋へ戻ってきたあるバレリーナが話してくれた。

 

「私たちは公演で人々の気持ちを奮い立たせたい。(普通の生活を送る)人々が元気であれば、前線で戦っている兵士の支えになるでしょう。芸術という戦線で私たちも戦っています」

 

■身近に迫る脅威

 

 ミサイル攻撃は身近に迫っていた。私が楽屋にいると、隣に座る劇場スタッフがその体験を話し始めた。

 

「自宅に向かってミサイルが飛んできたんです。ヒュッという音がして、屋根の上を通過した。少し軌道が低かったら、生きていられなかったでしょう。水道も一時止まりました」

 

 ミサイル攻撃は、キーウで誰もが話題にする、「身近な話題」になってしまった。

 

 私も直接ミサイル攻撃の影響を受けた。それはキーウで借りていたアパートでのトイレ中。水を流すレバーを回しても流れなかった。トイレが故障したのかと思ったが、違った。その直前、ミサイル攻撃を受けた変電所が止まり、一帯が停電になったのだ。それでアパートの水道ポンプが止まった。

 

 今度は自分の部屋にミサイルが落ちるかもしれない。避難壕に入るため、私は国鉄のキーウ駅へ向かった。だが、この地下壕には、100人程度しか避難していなかった。その広さはキーウ最大級で体育館よりも大きいが、人は少ない。まだ空襲警報は発令中。

 

 不思議に思い、近くの地下鉄駅へ行ってみたところ、ここも構内の避難者は100~200人ほど。その後、地上に上がると、駅のそばの人混みは地下鉄駅の中と同じくらいの人数だった。この地下鉄駅は人口数十万人の地区にある中心駅の一つだ。それにしては避難者の数は多くなかった。

 

 これには事情があった。空襲警報は毎日出る。1回当たり数時間続く。それが1日2~3回と繰り返されることもある。そのたび地下壕に行っていたら何もできない。そう考えて、職場で仕事を続けたり、自宅に残ったりする人が少なくなかったのだ。キーウ市民の間には「慣れ」が生まれていた――。

 

 

 以上、岡野直氏の新刊『戦時下のウクライナを歩く』(光文社新書)を元に再構成しました。ジャーナリストが実際に現地を歩いて、ウクライナの人々の本音に耳を傾けます。

 

●『戦時下のウクライナを歩く』詳細はこちら

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