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なぜ婚活アプリでは「いい相手」に出会えないのか…選択肢が多いと人間はなにも選べなくなる

ライフ・マネー 投稿日:2023.09.23 16:00FLASH編集部

なぜ婚活アプリでは「いい相手」に出会えないのか…選択肢が多いと人間はなにも選べなくなる

 

 私は、婚活アプリを利用する若者たちから「いい人がいない」「これと思う相手に出会えない」と聞くたびに、マーケティング調査でよく耳にするセリフを思い出します。

 

 それが、「着ていく服がない」。

 

 私たちマーケッターにとっては、消費者のセリフの一つひとつに、どんな思いやこだわりが詰まっているのかを読み解くことも重要な仕事です。こうした声の主に「お宅訪問調査」をかけると、実は平均よりずっと多くの洋服が、クローゼットに眠っていたりします。

 

 

 彼女たち(彼ら)は、決して「服がない(少ない)」わけではありません。むしろ、ストックが多すぎて選ぶのがストレスだからこそ、往々にして「どれも決定打に欠ける」と服のせいにして、「手持ちの服からは選べない」と決定を避けたり、「市場(自宅の外)には、もっといい服があるはず」だと、あえて外に目を向けたりしているのです。

 

 候補となる服は手元にたくさんあるのに、多すぎて選べないから「着ていく服がない」となり、つい選ぶのをやめ、外に目を向けている。そんな彼らは、思考と行動が大きく矛盾しているのがお分かりいただけるでしょう。

 

 私は人間に起こりがちな、こうした様々な「認知エラー」こそが、婚活アプリやリアル(対面)の場での出会いをむしろ難しくしている、すなわちカップルの数自体が増えない大きな理由だと考えています。

 

「人は選択肢が多すぎると、一つに決めるのが難しくなり、選択すること自体をやめたり満足度が下がったりする傾向がある」ことを、「決定回避の法則」として世に知らしめたのが、行動経済学で有名なコロンビア大学のシーナ・アイエンガー教授らの研究チームです。

 

 1995年、当時まだ学生だった彼女らは「24種類のジャム」と「6種類のジャム」を用意して行なった、試食実験の結果を発表しました。このとき、試食した人数は「24種類」のほうが多かったにもかかわらず、購入率は、選択肢が4分の1しかない「6種類」のほうが、なんと10倍も多かった(3%対30%)のです。別名「ジャムの法則(Jam study)」とも呼ばれています(同『選択の科学』文藝春秋)。

 

 こうした傾向は、その後の2004年、アメリカの心理学者でスワースモア大学のバリー・シュワルツ教授によって「選択のパラドックス(The paradox of choice)」とのキーワードで紹介されました。

 

 現代社会では、選択肢が多くなると「自分はこんなことも決められない人間なんだ」と無力感を感じて選ぶのが難しくなり、選んだあとも「ほかにもっとよい選択があったのでは」と後悔が残りやすい。

 

 選択にもより多くの時間がかかるので、「こんなこと(選ぶこと)ではなく、別の有意義なことに時間を費やせばよかった」と感じ、生活や人生そのものの満足度が下がりやすい、ともいいます(同『なぜ選ぶたびに後悔するのか』武田ランダムハウスジャパン)。

 

 マーケッターの多くは、この理論に大いに衝撃を受けました。1990年代までは「選択肢が増えるほど、人は幸せを実感しやすい」と考えられており、だからこそ私たちは、意気揚々と数多くの商品やサービスを開発し、世に送り出していたからです。

 

 ところが、シュワルツ教授の学説に基づけば、世の中の商品やサービスの選択肢の幅は、むしろ一定程度に抑えられたほうが、消費者の心理的負担は少なく、かつ幸福度が高いことになります。

 

 そしていま、こうしたジレンマが、婚活市場においても起こっているのではないかと見られているのです。

 

 ニッセイ基礎研究所の研究員(当時)・清水仁志氏も、先の「決定回避(ジャム)の法則」が、婚活のネット型マッチングサービス(マッチングアプリほか)において起こり得る可能性について、同研究所のレポートで報告しています(2021年 同「行動経済学から見たネット型マッチングサービスの課題と期待」1月20日掲載)。

 

 つまり、昔(昭和の時代)はお見合いや結婚相談所を通じた出会いなど、数人~数十人の中から相手を選べばよかった。でもいまはインターネットやマッチングアプリの登場で、「数万人以上いる(候補者の)中から一人を選ばなければならず、選ぶこと自体をやめてしまっている可能性が指摘できる」といいます。

 

■「選択の自由」と愛着の意外な関係

 

 ちなみに、決定回避については、別のショッキングな実験結果もあります。2002年、選択の自由と愛着の関係性をみずからの論文で示唆した、心理学者でハーバード大学のダニエル・ギルバート教授らによる研究発表です。

 

 彼らはまず、ハーバード大の学生たちに12枚の写真を撮らせ、「2枚だけ現像するので」とベストショットを選ばせたうえで写真を預かり、グループを次の2つに分けました。

 

●グループA:預けた後、「やはり違う写真がよかった」と思えば、写真を交換できる
●グループB:預けた後、「やはり違う写真がよかった」と思っても、写真は交換できない

 

 皆さんはどちらのグループのほうが、選んだ写真への満足度が高かったと思いますか?

 

 正解は「B」。写真を交換する自由が “提示されなかった” 学生たちのほうが、自分が選んだ写真に強い愛着を示し、満足度も高かったのです。逆にAの学生たちは、「一旦はあの写真を選んだものの、別の写真も気になる。やっぱり交換したほうがいいかな」とずっと考えるなど、選んだ写真への愛着が弱く満足度も低かった、とのこと。

 

 このことからギルバート教授らは、選択の自由(変更)が必ずしも人々の幸福には繋がらない可能性に言及しました。

 

 一方で、皮肉なことに後日、先の実験に参加しなかった学生たちに、「写真の選択を途中で変えられるグループ(A)と変えられないグループ(B)、どちらに参加したいか」と聞いたところ、想像通り66%の学生が「A(変えられるほう)」を選んだといいます。

 

 つまり、人は選択肢が多すぎる、あるいは「途中で変えていいよ」と自由を与えられると、選ぶことがストレスになったり、迷いが生じたり、場合によると選ぶこと自体ができなくなったりする。

 

 それなのに、選択肢や自由度が少ない環境よりは、多種多様な、あるいは自由度が多い環境のほうをつい選んでしまうという、非合理的な行動を取りやすいのです。

 

 

 以上、牛窪恵氏の新刊『恋愛結婚の終焉』(光文社新書)をもとに再構成しました。世代・トレンド評論家が、未婚化・少子化の死角を突きます。

 

●『恋愛結婚の終焉』詳細はこちら

( SmartFLASH )

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