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「生物」とは何か?「細胞を基本単位とするもの」「子どもを作るもの」でははみ出るものがある

ライフ・マネー 投稿日:2024.01.29 11:00FLASH編集部

「生物」とは何か?「細胞を基本単位とするもの」「子どもを作るもの」でははみ出るものがある

自己複製する核酸の起源は、まさに生き物の起源なのである。

 

 まずは生物を定義することから始めたい。生物としての特徴はたくさんあるが、その普遍性や共通性を重要視すると、主なものは次の通りである。

 

(1)細胞を基本単位とする
(2)自己複製する:子どもを作る
(3)遺伝物質として核酸(DNAやRNA)を持つ
(4)外界と区別できる仕切り(例えば細胞膜)でおおわれている
(5)物質代謝、エネルギー代謝をして恒常性を維持する

 

 

 教科書ではこれらの特徴のなかで、第一の特徴である「(1)細胞を基本単位とする」を生物の定義としている。この定義にある細胞は、同時に(2)〜(5)の特徴を満たす。またこの定義は、私たちが実際に見ることができる、さまざまな生き物の「生き物らしさ」を反映しており、ヒトをはじめとする多くの生き物が生物に含まれることになる。

 

 そういう意味でこの定義は適切であり、実際に教科書のみならず多くの辞書にも採用されており、すでに一般的な常識として定着している。

 

 問題は、「細胞を基本単位とする」という制限のために、生物から除外される生き物が少なくとも次の3種類以上は存在することである。

 

(a)細胞を基本単位としない生き物であるウイルスなど
(b)細胞を基本単位とする生物が誕生する前の太古の原始的な生き物
(c)地球外(宇宙)に存在すると想定される生き物

 

 例えば、ウイルスは「(1)細胞を基本単位とする」と「(5)物質代謝、エネルギー代謝をして恒常性を維持する」という生物の特徴は持たないが、「(2)自己複製する」「(3)遺伝物質として核酸を持つ」「(4)外界と区別できる仕切り(ウイルスはカプシドという殻)で被われている」という特徴は持っている。

 

 したがって、ウイルスは(1)と(5)以外の生物の特徴をすべて共有することになる。また、細胞という複雑な構造を進化させる前の太古の生き物たちや、広い宇宙のどこかにいるかもしれない、細胞を形成しない生き物たちに対し、細胞を基本単位としないという理由で、「生物でもなければ無生物でもない」という曖昧な表現は避けたいところである。

 

 以上の点を考えると、細胞を基本単位としないこれらの生き物たちも包括できる普遍性を持った定義こそが、生き物の本質を捉えた定義といえるのではないだろうか。もしかすると「細胞」という制約から解き放たれて自由になれば、「生き物とは何か」という疑問を解決する糸口を掴むこともできるかもしれない。

 

■新たな生物の定義を考えてみる

 

 地球上にはじめて誕生した原始的な生き物は、はじめから細胞を基本単位としていたわけではない。だからといって、彼らを「無生物(物質)」だとしてしまうのは少し短絡的だ。なぜなら、この生き物はいずれ細胞を基本単位とするものへと進化できるからである。

 

 では、この原始的な生き物は物質と何が違ったのだろうか? またウイルスに加えて、この原始的な生き物も含むことができる生物の定義は、どのように表現されるべきなのだろうか?

 

 例えばウイルスも共有する、「(2)自己複製する:子どもを作る」あるいは「(3)遺伝物質として核酸を持つ」という生物の特徴のどちらかで生物を定義することはできないだろうか。

 

 そこでまずは「(2)自己複製する:子どもを作る」という特徴に注目し、生物を「子どもを作るもの」と定義して考えてみよう。いくつかの辞書にも採用されているこの定義の場合、ウイルスも生物に含まれることになるが、それでも生き物の「生き物らしさ」をより適切に反映しており、すべての生き物を包括できる可能性もある。

 

 生き物には、必ず親がいて子どもが生まれるのに対し、ただの物質(無生物)からは決して子どもが生まれることはないからだ。もし、ある物質が子どもを作るという特徴を持つのであれば、その物質はもはや物質ではなく生物ということになる。

 

 ところが、生物を「子どもを作るもの」とする定義には、ウイルスなどを生物に含めたとしても、少なくとも次の2つの重大な欠陥が生じてしまう。

 

●子どもを作らない生物

 

 子どもを作らない生物はすぐに絶滅してしまうから、本来なら現在の地球上には存在しないはずである。ただ実際はどうかというと、必ずしもそうとはいえない。例えば、ミツバチの働きバチ(雌)は生まれながらにして子どもを作らない。ハチの社会は分業化されていて、彼女たちの役割はあくまでも女王バチが産んだ子どもを育てることにある。

 

 また種間交雑で生まれてくる雑種(例えばウマとロバの種間交雑で生まれるラバやケッテイ)も子孫を残せない。しかし、だからといって彼らを「生物ではない」とするのはおかしな話だ。

 

 それならいっそのこと、「親から生まれたもの」とするのはどうだろう。この定義なら、今紹介した生き物たちも生物になるはずだ。ただ、どちらで定義するにしても次の問題をクリアすることはできない。

 

仮想空間の人工生物

 

 近年発生したさらに厄介な問題は、仮想空間の人工生物やコンピュータウイルスなどの存在である。例えば、一部のコンピュータウイルスには自身のプログラムを複製して、増殖していくものがある。これはまさに「子どもを作るもの」や「親から生まれたもの」という定義に当てはまるのではないだろうか。とすると、コンピュータウイルスもまた私たちと同じ生物ということになってしまう。

 

 では、仮想空間の人工生物が生物に含まれることで生じる、この大きな違和感はどこからくるのだろうか。おそらく細胞を基本単位とする生物も、細胞を基本単位としないウイルスも、ともにその設計図の「素材」は例外なく「核酸(DNAかRNA)」であるのに対して、コンピュータが作る仮想空間の人工生物は、その設計図の「素材」がそれとはまったく異なる「シリコン」だからではないだろうか。

 

「核酸」という物質は、すべての生物に例外なく含まれている生体物質で、タンパク質や糖質、脂質など他の生体物質とは異なり、核酸が持つ4種類の塩基 (A:アデニン、G:グアニン、C:シトシン、T:チミン、ただしRNAの場合はTではなくU:ウラシル)の配列が遺伝情報に相当する。そして、この遺伝情報だけが生物の設計図としての役割を果たすことができる。

 

 そこで、この設計図の素材の種類と、生物の第3の特徴である「(3)遺伝物質として核酸を持つ」という点を重要視したうえで、生物の定義を「核酸を素材とする設計図を持つもの」としてみよう。ここで表現を変えたのは「シリコンを素材とする設計図を持つもの」である仮想空間の人工生物との本質的な違いを、あえて対比させたかったからである。

 

これにより、少なくとも仮想空間の人工生物は完全に生物から除外できる。他方、子どもを作らない生き物たちが生物から除外されることはない。ただし「核酸を素材とする設計図を持つもの」には、生物に加えて細胞を基本単位としないウイルスも含まれることになる。この生物の定義は、ウイルスを生物から除くことよりも、仮想空間の人工生物を生物から除くことを最優先した結果生まれたものである。

 ただ「核酸を素材とする設計図を持つもの」という定義は、「設計図となる核酸」と「単なる有機物(物質)としての核酸」で一体何が違うのかをうまく表現しきれていない。核酸は自然界では生物のなかにしか存在しないが、人工的に合成することは可能だ。生物の設計図として働いている核酸と、単なる物質としての核酸はまったく同じ物質なのである。

 

 では両者の根本的な違いはなんなのだろうか。それは、「設計図の素材としての核酸」が「自己複製できる」という点に尽きる。つまり、「核酸が素材である設計図」とは、より具体的には「自己複製する核酸」に相当し、この自己複製する核酸の起源は、まさに生き物の起源なのである。

 

 そこで、ひとまず生物の定義を「自己複製する核酸を持つもの」とすることにすればいいのではないか――。

 

 

 以上、林純一氏の新刊『「生命の40億年」に何が起きたのか 生物・ゲノム・ヒトの謎を解く旅』(光文社新書)を元に再構成しました。本書では生物学者が生物の定義を整理しながら、さらに今までにない生命観を構築していきます。そして、その先で見えた新たなヒトの姿とは。

 

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( SmartFLASH )

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