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なぜ日本の地方はラグジュアリー観光で相手にされないのか…「遠い」「不便」が理由ではない!
ライフ・マネーFLASH編集部
記事投稿日:2024.04.29 11:00 最終更新日:2024.04.29 11:00
日本のインバウンドが大都市に偏っているのは、「遠い」「不便」ということに対して、日本人が必要以上にネガティブに捉えていることが理由のひとつだ。
だが、「遠い」「不便」は、目的地に唯一無二のロケーションや付加価値があれば、その道のりは「わくわくする時間」となるので、問題ないのである。
そして「遠い」「不便」がネガティブな要素にならないもうひとつのポイントが、長期滞在である。1泊2日の旅行であれば、近くて便利なところがいい。だが、目的地に何泊もするのであれば、往復に時間がかかっても問題ない。
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インドネシアのニヒ・スンバは、最低3泊以上(ハイシーズンは最低5泊以上)からしか予約を受けていない。長期滞在が前提なのである。
だが、日本の宿泊施設は、1泊2泊、それも夕食を最大のイベントとする1泊2食を前提とするところが多い。旅行全体の日程が長いことと、旅の目的が「食」と「温泉」以外にあることを理解する宿が少ないのだ。
こうした状況が、日本の地方を旅することを望む旅行ニーズに合致していないと、インバウンドのラグジュアリートラベラー向けの旅行手配を行うデネブの永原聡子代表は指摘する。
「地方に案内してほしいというニーズはとても多いのですが、ラグジュアリートラベラーに対応できる宿が少ないのが悩みです。食事について言うと、懐石料理を提供している場合なかなか連泊には対応しづらいこと、ヴィーガンなどへの対応が困難なこと、などがネックになる場合が多いです」
インバウンドを地方に誘致するには、「遠い」「不便」をネガティブなものとする既成概念を取り払い、長期旅行を前提とした旅のあり方を考える必要があるだろう。
■自由な移動を阻む、空と海の法的規制
さらにもうひとつ、日本で「遠い」「不便」をポジティブに転化できない理由として、空と海の法的規制がある。
まずはヘリコプターの自由な運航を妨げている航空法の第79条である。ヘリはラグジュアリートラベラーの移動手段として世界的に普及している。ヨーロッパなどでは、不便な立地にあるラグジュアリーホテルやガストロノミーレストランでは、住所とあわせてヘリ離着陸のための情報が記載されているところが少なくない。
だが、日本ではヘリポートとして許可を受けたところ以外では離着陸できない。日本では数少ない独立系のヘリ・小型機の運航会社であるアルファーアビエィションの齋藤健司専務取締役が理由を説明する。
「戦後まもなく制定された日本の航空法は、1943年のアメリカの航空法を翻訳したものだからです。ヘリの登場は朝鮮戦争以降。ヘリがない時代の法律だから、例外規定がグライダーだけなんですよ。
ヘリの飛行に関しては、ほとんど制限がないのに、離着陸が自由にできない。離着陸の機動性こそがヘリの特性なのにおかしな話です」
ヘリの機動性は、大自然に囲まれた不便な地域において、より本領を発揮する。たとえば、ヘリを駆使したリゾートとして、その衝撃的なスケール感に驚かされたのがカナダ西海岸にあるニモベイというリゾートだった。
バンクーバー沖に浮かぶ大きな島、バンクーバーアイランドの北端にあたるポート・ハーディーの対岸あたりから北に延びる海岸線は、グレート・ベア・レインフォレストと呼ばれ、手つかずの温帯雨林が広がる。
道路の通じていないこのエリアにニモベイはある。そのため、リゾートへのアクセスはポート・ハーディーからのヘリと水上飛行機のみなのである。
しかも、ヘリは送迎に使われるだけでない。ヘリハイキングや野生動物ウォッチングといったアクティビティにも活用されている。
なかでも高い人気を誇るのが、ヘリフィッシングだ。ヘリを使って縦横無尽に人の手の入らない森の清流に降り立ち、フライフィッシングを楽しむのだ。北米の釣りマニアの間で、ニモベイが伝説的な憧れの宿になっている理由である。
2023年に栃木県が成田空港などから奥日光までヘリで移動し、ザ・リッツ・カールトン日光に2泊するツアーを400万円で売り出し、一件も成約がなかったことがニュースとなった。奥日光はニモベイと同じく、フライフィッシングが盛んである。
もし航空法が改正になり、縦横無尽に清流に降り立てるヘリフィッシングが奥日光でも可能になったら、高額なツアーでも販売できるに違いない。
さらに船舶の航行を巡る規定がある。
プライベートヨットなど、プレジャーボートの専門誌である『パーフェクトボート』を出版する株式会社パーフェクトボートの木島貴之代表取締役社長は、次のように指摘する。
「日本の市場で主流なのは、全長24m未満のクルーザーなのに対して、世界の超富裕層は全長30~100mほどのスーパーヨットやメガヨットと呼ばれるクラスが主流で、世界各地を周遊することが可能なものが多いです。
日本でこうしたメガヨットが普及していないのは、日本では24m未満の船は小型船舶と呼び、小型船舶免許で操縦できるのですが、それ以上の大きさになると航海士と同じ資格が必要だからです。
メガヨットは、日本の法律上、大型のコンテナ船やクルーズ船などと同じ扱いになるのです。また、外国人による日本船籍の小型船舶やスーパーヨットの所有も認められていません。
今後の課題としては、しっかりとした海外の免状をもつ外国人船員に日本の船舶の操縦を認めることや、日本で船舶を所有したい海外富裕層が購入登録できる制度への変更が望まれます」
プレジャーボート等のラグジュアリーの消費を日本のシステムはまだ想定していない部分が多いのだ。ただし、日本の船舶を巡る制度上の問題点については近年、大幅に改善された。
海外から日本に来航するスーパーヨットのコンシェルジェ・船舶代理店であるSYLジャパン株式会社の稲葉健太代表取締役は次のように説明する。
「以前は、外国船籍のスーパーヨットに関しては、日本に寄港するために、煩雑な書類の手続きをしなければなりませんでした。いったん入港した後も、次の港に入るためには同じような手続きが必要であったため、日本はスーパーヨットを運航するキャプテンから不人気だったのです。
天候やその日の気分にあわせて自由に航行できるのがプライベートヨットの魅力なのに、全く本末転倒。鎖国状態でした」
ヘリの場合と同じく、ラグジュアリートラベラーが好む「遊び」を目的とした自由な移動が認められていなかったのだ。
しかし、同社を中心に2015年の国家戦略特区への申請をはじめ、スーパーヨットの規制緩和の活動を進めた結果、2021年末にラグジュアリー観光議連が設立され、外国船籍のスーパーヨットに関する制度が緩和された。現在では日本の国内移動に関する制度は、ほぼ地中海沿岸諸国と同程度にまで改善されているという。
改善の芽は少しずつ出てきているものの、四方を海に囲まれた日本の地理的なメリットを生かし、メガヨットを所有する国内外の富裕層からクルージング先として選ばれるためには、今後さらに制度面を改善すると共に、受け入れのマリーナ等の港湾施設整備、海外へのプロモーションなどが必要だと、稲葉氏は指摘する。
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以上、山口由美氏の近刊『世界の富裕層は旅に何を求めているか 「体験」が拓くラグジュアリー観光』(光文社新書)をもとに再構成しました。富裕層を取り込む「ラグジュアリートラベル」の取りこみ方を、第一人者が解き明かします。
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