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連日の「6時間睡眠」で脳の認知機能が「徹夜レベル」に、目を閉じてるだけではダメ…ノーベル賞候補の睡眠学者が教える“睡眠常識のウソ”

ライフ・マネーFLASH編集部
記事投稿日:2024.07.07 06:00 最終更新日:2024.07.07 06:00

連日の「6時間睡眠」で脳の認知機能が「徹夜レベル」に、目を閉じてるだけではダメ…ノーベル賞候補の睡眠学者が教える“睡眠常識のウソ”

インソムノグラフを装着する柳沢正史・筑波大教授(写真・久保貴弘)

 

「(睡眠時間は)比較的取れているかなと思います。トータルで10(時間)ぐらいじゃないですか」

 

 ドジャースの大谷翔平(30)が、睡眠時間を確保することを大切にしているのは有名だ。5月13日(日本時間)にも、大谷は取材陣に冒頭のように語っている。

 

「トップアスリートである大谷選手は、常人では考えられないほどに肉体を酷使しているのでしょう。そうなると当然『睡眠要求』は上がりますから、大谷選手が10時間という睡眠時間を必要としていても不思議ではありません」

 

 

 そう語るのは、1998年に睡眠や覚醒を制御する脳内物質「オレキシン」を発見した世界的な睡眠学者で、ノーベル賞候補にも挙げられる筑波大学・柳沢正史教授(64)だ。

 

「『寝すぎは体や脳に悪い』といわれますが、必要な睡眠時間は人によって異なるんです。ただ、ほとんどの人に必要な睡眠時間は大谷選手ほどではなく、6.5~8時間でしょう。5時間以下でも問題ない『ショートスリーパー』は、遺伝子上“数千人に一人”といわれています。『自分はショートスリーパーだ』と思っている人の大半が、じつは単なる『寝不足』なのです」(以下、柳沢教授)

 

 事実、厚生労働省の調査では、50~59歳男性のうち36.8%が、5時間以上6時間未満しか眠れていない(「国民健康・栄養調査」、2019年)。この状況に、柳沢氏は警鐘を鳴らす。

 

「6時間睡眠を10日間続けると、一日徹夜したのと同じくらいに脳の認知機能が低下します。これは、アルコール血中濃度が0.1%のほろ酔い状態とほぼ同じ。多くの人が、本来のパフォーマンスを発揮できていないのです」

 

 慢性的な寝不足である日本人。どうすれば、よりよい眠りを取り戻せるのだろうか。

 

「大前提として、睡眠は“質より量”です。慢性的な睡眠不足になると、メタボ認知症がんのリスクが高まることが明らかになっています。まず、睡眠時間を確保したうえで、睡眠の『質』を上げていくことが重要になります」

 

 睡眠の質を向上させるには、まずは環境を整えることが重要だという。

 

「テレビを見ながら“寝落ち”してしまうと、光や音で、睡眠の質が悪くなってしまいます。この季節は掛け布団を使わない人もいるでしょうが、体温調節のためにも、薄いタオルケットを最低1枚は用意してください。『何も掛けないほうが快適だ』というのは、部屋の気温が高すぎる証拠です。今の季節は、エアコンを朝までつけっぱなしにするのがおすすめです」

 

 食事は、眠る3~4時間前には済ませることが理想だ。

 

「入眠までにしっかりと消化させることが大切です。基本的には夕方以降はカフェイン、ディナータイム以降はアルコールは控えるべきです」

 

 お酒好きだという柳沢氏だが、ぜったいに「寝酒」はしないという。

 

 このように眠るための環境を整えたうえで、自らの睡眠について「知る」ことが必要になる。

 

「なかなか眠れずに朝起きられないことや、夜中に目覚めてしまって再び眠りにつけないことを悩まれている方は多いと思います。ただ、じつは客観的な『睡眠のよしあし』を自分で把握することは、非常に難しいんです」

 

 朝起きたときに「よく眠れなかった」「スッキリしない」と感じるのは、あくまで本人の「主観」。実際の睡眠状態とは異なることが多いという。

 

「夜中に目が覚めてしまって悩んでいる人が、実際は中途覚醒のあと、すぐにぐっすり眠っているというケースはよくあります。主観と客観のズレ(睡眠誤認)があると、『自分は眠れない』と悩んだり、不必要な治療を受けることになりかねません。自分の詳細な睡眠状態を把握することが重要です」

 

 睡眠状態を知るために広く使われているのが、スマホのアプリだ。柳沢氏が監修した『ポケモンスリープ』など、数多くのアプリがリリースされている。

 

「アプリはスマホ内の加速度センサーやマイクを利用し、いびきや寝返りなどを検出する仕組みです。睡眠誤認の解消に役立ちますし、長期にわたって利用すれば、何かしらの変調があった際のシグナルとなるでしょう。体の動きや脈拍、抹消体温をもとに計測するウエアラブルウオッチも、同様に有効です。ただしこれらは、睡眠の『中身』までを捉えることはできません」

 

 アプリやウエアラブルウオッチではわからない睡眠の「中身」を把握するために用いられるのが、脳波測定だ。

 

「脳波測定法では、睡眠時無呼吸症候群の重症度を調べるためにおこなわれるPSG(睡眠ポリグラフ)検査が知られています。しかし、検査施設は都心に集中しており、検査まで“半年待ち”ということもあります。時間やお金もかかりますし、30個もの電極をつけてふだんと違った環境で眠る必要があります。その人の日常的な睡眠は、測れないと思ったほうがいいと思います」

 

 年間約10万人が受けているPSG検査は、本来の睡眠状態を把握するには適さない。そこで柳沢氏が開発したのが、同検査とほぼ同じ精度を持つ「インソムノグラフ」だ。

 

「インソムノグラフはPSGとアプリやウオッチなどの中間にあたる検査です。額と耳の後ろに紙のような電極シートを貼るだけで、医療レベルの脳波測定が自宅で手軽にできるんです」

 

 たとえば、寝ついてから1~2時間毎に目が覚めるという50代男性の脳波をインソムノグラフで見てみよう。

 

「全体的に波形がガタガタし、安定していません。中途覚醒があり、レム睡眠(目が活発に動き、夢を見る睡眠)のときに無呼吸になっていることがわかります。レム睡眠中は筋肉が脱力するため、仰向けの状態では舌根が下に落ちて空気の通り道が狭くなり、睡眠時無呼吸になりやすくなるのです。横向きで眠ることで、症状が改善するケースもあります」

 

 検査は全国250の医療機関を通じて受けることができる。また、柳沢教授が代表を務める「S’UIMIN」のウェブサイトでも申し込むことができる。

 

 このように自分の睡眠状態を把握できれば、治療が必要かどうか、どこを改善すればいいかが見えてくるのだ。

 

「まずは、自分の『適正睡眠時間』を見つけてみましょう。これには、計測するための装置は必要ありません。4日間、眠れるだけ眠ってみるのです。初日は睡眠負債(本来寝るべき時間)を返すため、いくらでも眠れてしまうかもしれません。しかし2日め、3日めとなるとそこまでは眠れなくなり、4日め以降は、睡眠時間は一定になります。これがあなたの必要な睡眠時間です」

 

 毎晩、睡眠時間を30分ずつ延ばしていき、自分が「十分に眠れた」と感じる時間を探す方法もおすすめだと柳沢教授は提案する。

 

「『自分は通勤電車の中で眠れているから大丈夫だ』と言う人がいますが、脳の状態でいえば、眠っているうちに入らないほど質が低いものです」

 

 今日からでも30分早く寝て、自分に必要な睡眠時間を把握してみてはいかがだろう。

 

【最新科学でわかった「睡眠の常識」の“ウソ”】

 

■眠る前にスマホを見ないほうがいい

 

 SNSチャットやショート動画などのインタラクティブなコンテンツは、脳が興奮するので絶対にやめるべきです。しかし、スマホを見ること自体が必ずしも睡眠に悪影響を及ぼすわけではありません。最近の機種は画面の明るさを自動調整するなど、睡眠を妨げる光を避ける機能がついていますので、リラックスできるお気に入りの動画や写真を見るぶんには、むしろ眠りを助ける効果があるといえます。

 

■眠る前に牛乳やハチミツをとると睡眠の質を高める

 

 科学的な根拠はありません。睡眠の質を悪くする要因はたくさんありますが、こうすればよく眠れると万人に通用する方法は存在しないんです。しかし、それが自分なりのルーティンになれば、眠りを助けるでしょう。私のルーティンは「つまらない論文を読むこと」で、あっという間に眠ってしまいます(笑)。

 

■22~24時が睡眠のゴールデンタイムである

 

 この時間に成長ホルモンがもっとも分泌されるといわれますが、何時から何時に眠るのがいいかというのは個人差があり、正確ではありません。22時に眠くないのであれば、布団に入る必要はありません。むしろ、夜の「全時間」が重要なのです。

 

■目を閉じて横になっていれば、 睡眠の6割の効果がある

 

 目をつぶっていれば体は休まりますが、睡眠要求や睡眠不足は解消されません。眠れないことがストレスになってしまうくらいなら、その日は「遅寝・早起き」したほうが睡眠の質は上がります。

 

やなぎさわまさし
筑波大学国際統合睡眠医科学研究機構「IIIS」機構長 発見した「オレキシン」をもとに開発された睡眠薬は依存性がなく、自然睡眠と同様の脳波を示す画期的な治療薬とされる。2017年、筑波大発のベンチャー企業「S’UIMIN」を起業

 

取材/文・吉澤恵理(医療ジャーナリスト)

( 週刊FLASH 2024年7月16日号 )

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