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首相58人のうち32人が卒業生…イギリスのエリートを育てる「パブリック・スクール」強さの秘密は「ハウス」にあり
ライフ・マネーFLASH編集部
記事投稿日:2024.12.27 11:00 最終更新日:2024.12.27 14:48
イギリスのパブリック・スクールが次々と日本で分校をオープンしていることを皆さんはご存じでしょうか?
日本では「パブリック・スクール」ではなく、「インターナショナルスクール」の1つとして紹介されています。
2022年、日本にはインターナショナルスクールと分類されている12年以上の課程を持つ学校が41校ありました(文部科学省令和4年調査)。その後、2023年にはイギリスの名門校パブリック・スクールの分校3校が次々に開校の運びとなります。
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名前を挙げますと、岩手県の「ハロウインターナショナルスクール安比ジャパン校」、千葉大学の柏の葉キャンパス内の「ラグビー日本校」、東京都小平市に開校された「マルバーン・カレッジ東京」です。
日本だけではなく、近年になってパブリック・スクールの海外進出は急増しており、2014年に海外キャンパスは37校しかありませんでしたが、2024年には100校以上にまで増えています(イギリス教育省調査)。
イギリスのパブリック・スクールとは、独立学校(インデペンデント・スクール)と呼ばれる私立学校です。つまり、中央政府や地方自治体の双方から補助を受けず、それゆえ、それらの管轄下にもなく、独自の経営と教育を行っている寄附基金立学校なのです。
その主な特徴は寄宿寮制度(ハウス・システム)をとり、学校や寮では行き届いたケアが提供され、富裕層の生徒を集めながら、世界の有名大学に次々と卒業生を送り込んでいる点にあります。
中でも世界的に有名なのは、ザ・ナイン(The Nine)と呼ばれる学校群でしょう。名前の通り9校あり、開校年から順に、ウィンチェスター校(1382年)、イートン校(1440年)、セントポールズ校(1509年)、シュルズベリー校(1551年)、ウェストミンスター校(1560年)、マーチャント・テイラーズ校(1561年)、ラグビー校(1567年)、ハロウ校(1571年)、チャーターハウス校(1611年)です。
一方で、私立学校かつ寄宿制であることもあり、その学費が高いことでも有名です。例えば、イートン校の1年にかかる費用を計算すると、2017年では7万ポンド以上。チャリティー法により一般の税金より少ないものの、これに税金が加算され、日本円にするとおよそ1015万円(1ポンド=145円)以上となります。
卒業まで考えると、この額の5倍が必要になってきます。それでも入学希望者があとを絶たないのは、その先の進路にあるのでしょう。パブリック・スクールの卒業生は、一流大学に進学後、様々な要職に就いています。
例を挙げると、上級裁判官の74%、軍隊の士官や将校の71%、貴族院議員の50%がパブリック・スクール卒業生。さらに、歴代のイギリスの首相58人のうち(2024年現在)、パブリック・スクール卒業生は32人です。
では、イギリス社会において、こうして長きにわたりエリートを輩出してきたパブリック・スクールとは一体どのような学校なのでしょうか。わかりやすく、映画「ハリー・ポッター」を入口にして、説明しましょう。
ダンブルドア校長が治めるホグワーツ魔法魔術学校(以下ホグワーツと表記)は、「ハリー・ポッター」で世界的に有名になりましたが、パブリック・スクール(「パブリック」とありますが、公立学校ではありません)との類似点が満載です。
例えば、見ればすぐにどの寮(ハウス)に属するかが分かる上着やネクタイ、襟巻。学校寮のハウスをはじめとする生徒への配慮が行き届いた教育。それぞれに秀でた能力を持つ生徒たち。そしてホグワーツ特有の隠語などなど。
ホグワーツには4つハウスがありますが、ハウスごとにチームの上着や帽子、ネクタイ、傘などの色・模様が異なります。これはパブリック・スクールも同じで、ハウスごとに分けられていることがあります。
例えば、パブリック・スクールの中でも名門校の1つであるチャーターハウス校は、ハウスが全部で15ありますが、生徒がどのハウスに属しているかは、ネクタイの色や傘の色、サッカーチームの上着のストライプの色といったカラーで見分けられます。
制服は平日の場合、白やブルーのシャツとハウス別のネクタイ、グレーのズボン、青色のジャンパー、ツイードのジャケット、革靴。日曜日の場合は、ピンストライプや無地のダークスーツです。ウェストコートはオプションで、学校の栄誉を受けた場合に授与されるネクタイを身につけることができます。
また、ホグワーツではとても優秀な生徒に「ホグワーツ特別功労賞(Special Award for Service to the School)」が与えられることになっていますが、パブリック・スクールでは学業や芸術、スポーツ、課外活動で業績を残した生徒には、特別なネクタイやウェストコートが与えられます。これらは様々な分野で努力した結果得られたものであり、名誉の証なのです。
パブリック・スクールでの教育を土台で支えているのがハウスシステムです。「ハウス」ってことは家? そう思いたくなりますが、そうではありません。家のごとく生徒たちを守る寮のことを「ハウス」と呼んでいるのです。
「学校にいる間は、ハウスが皆さんの家です」
ホグワーツのマクゴナガル先生が語るように、入寮したら生徒は皆家族の一員となります。ハウスにおいてファミリー・スピリットが育つのです。日本では数少ない学生寮のあるラ・サール校も、ファミリー・スピリットを育成し、生徒たちのつながりを大切にしています。
では、ハウスの名前はどのようにつけられているのでしょうか? ホグワーツでは創立者である4人の魔法使いの名前がつけられていました。「ゴドリック・グリフィンドール」「ヘルガ・ハッフルパフ」「ロウェナ・レイブンクロー」「サラザール・スリザリン」。
実は実際のパブリック・スクールも同じで、設立当時の校長や有名な卒業生の名前が多くつけられています。
例えば、ザ・ナインの1つであるウェストミンスター校のあるハウスは、ウェストミンスター卒業生でのちに桂冠詩人(王室が最高の詩人に与える称号で、死ぬまで年俸を支給される)となったイギリスの著名な詩人の一人であるジョン・ドライデンの名前をとって、「ドライデン」と呼ばれています。
『クマのプーさん』の著者であるA・A・ミルンの名前をとった「ミルン」というハウスもあります。岩手に建てられたハロウ校の日本分校のハウスの1つは、ハロウ校出身の有名なイギリス首相の「チャーチル」となっています。
ハウスは、パブリック・スクールの心臓部といえます。身体のすみずみに血液や栄養を送るポンプのごとく、ハウスは24時間、教師と生徒、生徒同士の間の緊密な共同生活を支えています。そこで責任感を持ち、規律を守る生徒を育てているのです。そして、ハウス対抗試合やコンテストを通して、「ハウス魂(スピリット)」も養われることになるのです。
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以上、秦由美子氏の新刊『映画で読み解くイギリスの名門校 エリートを育てる思想・教育・マナー』(光文社新書)をもとに再構成しました。なぜパブリック・スクールは熱望されるのか。その秘密を映画を切り口に探ります。
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