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日本でも食糧難の時代には食べられていた!カブトガニ、中身はスカスカなのに食べても食べても卵が出てくる大珍味

ライフ・マネーFLASH編集部
記事投稿日:2024.12.29 11:00 最終更新日:2024.12.29 11:00

日本でも食糧難の時代には食べられていた!カブトガニ、中身はスカスカなのに食べても食べても卵が出てくる大珍味

カブトガニ(写真:ロイター/アフロ)

 

 カブトガニの文献を調べていると、ある新聞記事が目についた。長崎市内の食料品店で、生きたカブトガニが見つかったという記事だ。何と売り物の鮮パックに、「体長約5センチ」のカブトガニが紛れ込んでいたそうだ。

 

 店員が発見したカブトガニは、長崎ペンギン水族館(長崎市)に引き取られて、飼育されることになったという(『長崎新聞』2019年9月22日付)。

 

 

 このカブトガニは漁の網にかかって、売り物の魚に紛れ込んでしまったのだろう。

 

 魚の多くは陸に揚げられると、5分ほどで死んでしまう。しかし、カブトガニのエラには保水力がある。エラさえ濡れていれば、水がなくても何日も呼吸できるという。一説では2週間以上も生きたケースがあるようだ。

 

 そのため鮮魚パックに紛れ込んでも、カブトガニは生きつづけていたわけだ(ただやはり衰弱していたのか、水族館によると1カ月も経たずに死んでしまった)。

 

 またカブトガニは1、2年であれば、絶食状態であっても生きられるという。

 

 日本では稀少な存在であるカブトガニ。なのに中国や東南アジアなどでは、カブトガニが昔から食べられている。とりわけタイでは、カブトガニが売られているのを目にすることが多い。2024年6月、タイのアンシラーを訪れた。

 

 ここは首都バンコクから南東に約60キロ離れた、海辺の町だ(チョンブリー県)。開発が進むとともに、東南アジアにおいてもカブトガニの数は減少傾向にあると耳にする。それでもアンシラーや近くのバンセーンビーチでは、カブトガニがよく獲れるそうだ。市場や屋台を覗くと、カブトガニが普通に売られている。

 

 鮮魚店が立ち並ぶアンシラー市場で、カブトガニを購入。一人旅なので、できる限り小さなものを選ぶ。当時のレートで換算すると、600円ほど。さっそく市場にあるテーブルで食してみた。

 

 裏返しにされたカブトガニはスカスカだ。しかしタイで食用にされているのは、カブトガニ(メス)の卵だ。カブトガニの甲羅は「一枚板」のように見えるが、外膜と内膜のような二層構造になっている。この両膜の間に、びっしりと卵が詰まっているのだ。

 

 つまりカブトガニを甲羅のまま焼き、最後に内膜をナイフでべりべりと引き剝がす。すると蒸し焼きになった卵が食べられるというわけだ。鼻を近づけても、匂いはあまりしない。スプーンでほじくり出すようにして、粟(あわ)のような黄色い卵を口に入れる。
 

 どうだろう。プチプチとした食感、わずかな苦み──。食欲をそそるような見た目ではないものの、意外にも美味しい。わずかに泥臭い風味にも感じるが、ほのかに味噌味のような滋味深さもある。

 

 カブトガニを購入するとサラダと甘辛い調味料もセットにしてくれるので、卵をサラダにまぶして食べるのも美味しい。「ヤム・カイ・メンダータレー」と呼ばれるタイ料理は、カブトガニの卵をサラダに和えたものだ。青パパイヤ、紫玉ねぎなどが入った瑞々しいサラダは、卵の臭みを消す効果もある。サラダにすると卵の風味そのものは薄くなるものの、さっぱりとした味わいで食べられる。

 

 これまで、ずっと気になっていた。なぜカブトガニの卵だけをわざわざ食べるのか、と。卵だけのために捕獲するのは勿体ないのではないか、と。

 

 しかし、その背景が少し理解できたような気がする。卵の量がびっくりするほど多いのだ。卵だけでも十分な量がある。日本のカブトガニだと、1匹のメスの体内には約2万個もの卵があるという(『カブトガニの謎』)。

 

 またカブトガニの卵は栄養価の高いものとして地元で認知されているため、やはり卵にこそ価値があるのだろう。食べても食べても、卵がある。そのまま食べたり、サラダに和えたり、調味料を足したりして味を変えていく。ようやく平らげると、卵だけなのに満腹だ。

 

 帰国してからは、国立国会図書館に足しげく通う。

 

『歴史の中のカブトガニ』を紐解(ひもと)いてみると、カブトガニを食用としてきた歴史が仔細に綴られていた。中国ではカブトガニの卵以外も、料理に用いていたようだ。カブトガニの殻や内臓などを粉末にして料理に混ぜたものや、カブトガニの血を用いてカブトガニを煮たものもあったという。

 

 おそらく食べられる身が少ないだけに、工夫が重ねられたのだろう。中国では古くから医食同源の考えがあり、カブトガニは薬膳料理として重宝されてきたようだ。

 

 日本でも戦後の食糧難の時代には、カブトガニの卵を食用にした地域もあったという。しかし大抵の場合は、「厄介者」と見なされていたようだ。漁師の網にカブトガニがかかると、網に絡まってしまう。また後体にあるトゲトゲした縁棘(えんぎょく)で、網が破れてしまう。

 

 そのため捕らえられたカブトガニの多くは、(乾燥させて粉末にするなどして)畑の肥料に用いられたという。

 

 カブトガニは医薬においても貢献している。カブトガニの青色をした血液の成分には、体内に侵入した細菌をすばやく固めてしまう働きがある。抗エイズウイルス作用など、ヒトに有用な成分も数多く見つかっているのだ――。

 

 

 以上、清水浩史氏の新刊『海の変な生き物が教えてくれたこと』(光文社新書)をもとに再構成しました。地味、不格好、厄介者とされる海の生き物を滋味深く紹介します。

 

●『海の変な生き物が教えてくれたこと』詳細はこちら

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