
ふっくら艶やかな米がよそわれた茶碗を手にしたジローラモ
「令和の米騒動」で大忙し! 田んぼに夢を託してきた芸能人に聞く、米作りの喜びと人生の転機とは――。
汗だくで畦道を歩きながら、パンツェッタ・ジローラモ(62)は自身のiPhoneの検索画像を見せた。そこには往年のイタリア映画『にがい米』のスチール写真があった。イタリア南部を代表する都市、ナポリ郊外で育ったジローラモだが、幼少期には米料理も食卓にのぼったという。
「イタリアでも『にがい米』の舞台となった北部では米が穫れます。ナポリはピッツァの本場だし、パスタでも知られていますが、母はたまに米を使ったオーブン料理を作ってくれた。もとは貴族向けのメニューで、すごいご馳走だった」
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料理研究家のジローラモの妻・貴久子さんの父は、福島県会津美里町の出身。1988年の結婚後、父の郷里をこよなく愛する妻に、ジローラモもしょっちゅう連れて来られた。
「僕にも、農家だったお母さんの田舎で過ごした楽しい思い出がたくさんある。最初は “バカンス気分” で来ていた美里町に通ううち、農業に興味が出てきました。それで、ついに2023年から米作りを始めたんです」
2024年から、ジローラモとがっちりスクラムを組むのは、代々庄屋を務めてきた元木農園。屋敷と蔵の大きさには圧倒されるが、次代当主の元木博人さんの博識さにも感服する。
元木さんは富山大の自然環境科学科で学び、西表島でネイチャーガイドなどを経験し、Uターン後に帰農。春夏秋はおもに米作をし、農閑期の冬は町内の蔵元で働く。町議も1期務めた。その元木さんも「勉強熱心で発想力が豊か。教わることが多い」と、ジローラモの取り組み姿勢を賞賛する。
「元木さんがパートナーになり、いろいろ新しいことにチャレンジできています。元木さんは前から有機栽培に取り組んでいるし、(抑草用の自動制御の)アイガモロボなど、最新機器にも詳しいんです」
田んぼでは福島県産のブランド米の「福、笑い」とコシヒカリを作っている。2024年から淡路島でも生産を始め、ジローラモが関与する共通項からそれらを「GIRO米」として売り出した。今年はこのプロジェクトに広島・神石高原町、岐阜・美濃加茂市が加わった。
「僕は、たしかに有名人かもしれない。なら、その名前を利用してもらえばいい、と割り切っています。農機具メーカーのISEKIをはじめ、多くのコラボ要請も来ています。農家のファッションも変わるといいかもね。日本中のファーマーを “ちょいワル” に変えたい(笑)」
取材の最後には、元木さんの厚意で、田端に炊飯ジャーを持ち込み、炊き立ての米をみんなで満喫。ふっくら艶やかな米がよそわれた茶碗を手に、「おかずなしでも美味いよ!」と無心にパクつくジローラモだった。
パンツェッタ・ジローラモ(62)
1988年の来日後、『イタリア語会話』(Eテレ)で人気となり、数多くのテレビ番組に出演。雑誌「LEON」(主婦と生活社)モデルとして、“ちょいワル” ブームの火つけ役となる。現在は農とファッションを融合させた新たなライフスタイルを発信中
写真・保坂駱駝
取材/文・鈴木隆祐