
“繰り上げ受給成功者”の青山完治さん。会社員時代の知人女性たちとの台湾旅行での一枚
昨年6月に成立した「年金制度改正法」が施行され、今年4月から年金制度が大きく変わった。
65歳以上で年金を受け取りながら働いていた場合、これまでは老齢厚生年金と月給、賞与の合計額が月51万円を超えると年金は減額されたが、この基準額が月65万円に引き上げられた。つまり、65歳を過ぎてもバリバリ働きたいという人向けの環境が整備されたのだ。
だが、待ってほしい。年金は1984年度までは60歳の男性は満額で受給できた。それが、段階的に満額受給年齢が引き上げられて、今に至る。60歳を過ぎたらあくせく働きたくない人にとっては、改悪が続いているのだ。
そこで注目されているのが、60〜64歳に前倒しで受給する「繰り上げ受給」。しかし、繰り上げをすると、おもにデメリットが6つある。
(1)受給額は1カ月早めるごとに0.4%少なくなる。
(2)一度受給すると取り消すことはできない。
(3)障害基礎年金や寡婦年金などの年金を受けられない。
(4)65歳まで遺族厚生年金との同時受給ができない。
(5)年金受給後も所得税、住民税、健康保険料、介護保険料などがかかり、額面より10〜15%源泉徴収される。
(6)受給を66歳以降(最大75歳)に遅らせた場合、1カ月あたり0.7%、最大84%増額できる。
デメリットが多い「繰り上げ受給」だが、それでも選択する人は存在する。
今回、取材した繰り上げ受給者は、2人とも「繰り上げを選択したことを後悔していない」と話す。そんな充実した年金「繰り上げ受給」生活を紹介する。
<CASE 01> 青山完治さん(71)/ 繰り上げ受給生活12年め
・家族:単身者
・繰り上げ受給前の預貯金:2,000万円
・月額年金受給額:17万円
・年金以外の月収:約10万円
「年金が初めて振り込まれたときは少ないとは思いましたが、確実にもらえるお金ができたのは嬉しかったです」
こう話すのは、繰り上げ受給をして12年めの青山完治さん(71・仮名)。50歳で老舗出版社を早期退職し、フリー編集者として活動。月17万円の年金と月10万円ほどを仕事で稼いで暮らしているという。
「最初から60歳で年金をもらおうと決めていました。よく損益分岐年齢(※60歳で繰り上げ受給した場合、約80〜81歳で65歳受給よりも年金総額が少なくなる)のことを言われますが、当時の自分は80歳まで元気に生きているビジョンがなかったんです(笑)。それよりも、動けるうちに好きなことをするには、年金という定期的な収入は大事でした」
まわりの友人を見ていると、「自分は『繰り上げ受給』が向いていたと思う」と続けた。
「もちろんデメリットも考えましたが、単身者なのであまり気になりませんでした。実際に71歳になって思うのは、60〜70歳はまだまだ現役。この年齢のときにあくせく働かなくても、自由に使えるお金があったのは、趣味が多い自分にはピッタリでした」
青山さんの毎日は、映画鑑賞や推し活などでけっこう忙しいという。
「大好きな映画も60歳からはシニア割引で安く観られて最高。野球シーズンが始まれば球場に行ったり、近所の飲み屋さんでトラ党の仲間たちと盛り上がったりして……。やはり、安定して自由に使えるお金がもらえるのは大きいです。年金をもらってからフットワークも軽くなり、年齢、性別を超えた友人が増えたような気がします。つき合うグループがいっぱいあるので出費も多くて痛いですが、毎日が楽しいです」
とはいえ物価高の今、金額に不安がないかと言えばウソになる。「年金だけではなく、年金型金融商品も検討すればよかった」と青山さん。
「今仕事で平均すると月10万ほど収入がありますが、流動的ですし、それがいつまであるかわからない。そう考えると、iDeCoやNISAなど、もうひとつ財布があると安心できたかもしれないです。
退職時に企業年金を一括でもらったのですが、年金型にしておけばよかったかもという後悔はあります。シミュレーションはもう少しきちんとすべきでしたね。ちなみに投資に関しては、リーマン・ショックで痛い目に遭ったので、自分には向いていないです」
もし60歳に戻るとしたらどうするかと聞くと……。
「きっと60歳でもらうと思います。もちろん、70歳からもらっている人の金額を聞くとうらやましくはあるけど、後悔はしていないんですよ。
65歳までの間、生活費のためではなく仕事をしてそれなりに楽しみながら遊べたのは、やはり年金があったからだと思うので。どうせいつか死ぬんだし、体が動いて一緒に楽しめる仲間がいるうちに、年金をもらうのもひとつの手だと思います」
<CASE 02> 大阪HIROさん(64)/繰り上げ受給生活2年め
・家族:単身者
・繰り上げ受給前の預貯金:250万円
・月額年金受給額:13万5000円
・年金以外の月収:0円
2024年10月に63歳で繰り上げ受給を申請、「note」で自身の暮らしぶりを発信している大阪HIROさん。
「一昨年退職し、地元に戻って来て雇用保険をもらいながら仕事を探していました。でも、なかなか見つからず、年貢の納め時かと思い、申請しました。コンプライアンス、ハラスメント、若いコとのつき合い方などに気を使いすぎて疲れてしまったのが退職の大きな理由でした。妥協ができないうえに我が強い……これは昭和生まれの性(さが)。そう簡単には変われなかったですね。
無理をして生きるのも違う。それなら年金があるんだし、節約生活をしてでも自分らしく生きようと思いました」
月々の収支を把握していたので、年金生活にスムーズに移行できたという。
「事前に受給額を計算していたので、シミュレーションはできていました。携帯電話は大手から格安SIMに変更、2台持っていたバイクを1台にして維持費を削減するなど、年金額に応じて自分の暮らしを見直しました」
今の楽しみはプロ野球観戦とツーリングとのこと。
「阪神タイガースの試合をテレビ観戦することが毎日の楽しみです。あとは以前から大好きなツーリング。年金生活になり、高速道路の料金が重いので遠方に行く機会は減りましたが、余っている時間を使って新たな楽しみができました。それは、平日に下道をゆっくり走るロングツーリング。何にも縛られずに思いつきでどこにでも行ける。楽しみのひとつになっています」
年金は「長年、仕事を頑張ってきた人たちへのご褒美」と言う大阪HIROさん。
「男性の健康年齢は、平均71歳と聞きました。どうせなら残りの人生、もっと楽しまないと! バイクに乗れるうちに、まだ見ぬ絶景を求めてツーリングに行きたいです。重要なのは今、自分の生活にお金が必要かどうかということ。年金をもらうことで少しでも生活が豊かになるなら、我慢せずに『繰り上げ受給』をすればいいと思います」
「繰り上げ受給」は、老後を自分らしく生きるためのひとつの方法。一考の価値は十分にある。
■「施設」の入居審査では“年金額”が重視される
「『繰り上げ受給』をする前に、これからの人生設計を紙などに書いて“見える化”することが大事です」と話すのは、年金についての著書を多数執筆するファイナンシャル・プランナーの山中伸枝さんだ。
「一度書くことで、受給額=手取額でないことや、『繰り上げ受給』を1カ月早めるごとに0.4%ずつ少なくなることなどがリアルに頭に入ってきます。それを見て、受給額に納得できるのか、アルバイトでもいいから65歳まで頑張って働くのかなど、自分で決めることが大事だと思います」
山中さんは「繰り上げ受給は、必ずしも悪い選択肢ではないが……」と話し、こう続けた。
「私が相談を受けたら、まずは65歳からの受給をおすすめしますが、価値観は人によって異なるもの。制度の注意点を理解したうえで納得し、自分に合う選択をしてください」
「繰り上げ受給」で問題になるのは、 “損益分岐年齢” だ。
「長生きする可能性を理解して向き合わないといけない難しい問題です。繰り上げを検討するときに、よく『体が動くうちに使いたい』と言いますが、動けなくなった後のことを考えることも重要です」
なぜなら「認知症を患ったり、老人ホームなどの施設に入るときに年金が大事だから」だという。
「年金は終身でもらえて、どんなときでもある程度物価にも連動していくとても心強い大きな存在。その金額が少しでも多いほうが、老後は安心だと思います。金額が充分で、年金口座から公共料金を引き落とすことができていれば、たとえ認知症になってコンビニで支払いなどが自分でできなくなっても生活インフラは止まりません。また、施設などに入らなければならなくなったとき、入居審査で年金額は重要視されます。毎月振り込まれる額が大きいほど、支払い能力の信用を買うことができますから」
日経平均株価が史上最高値を更新するなか、年金を投資に充てる人も増加している。
「乱高下があるのが投資。利回りを過信するのは少し危険かもしれません。ここでも大事になってくるのが健康寿命だと思います。認知症を発症したり、判断能力が落ちてきたとき、投資は厳しいものになっていきます。何歳までに何を目的として投資をするのかを考えて、運用する必要があると思います。投資は余裕資産でおこなうもの。年金は生活を保障する基盤となるお金なので、この認識を持ち続けることが大事です」
今年4月から在職老齢年金の基準額が月65万円まで引き上げられ、65歳過ぎても働きやすい社会に。
「働きながらでも年金を受け取りやすくなりました。しかし、体が自由に動くのも限りがあるので、あくまでも75歳以降、働かずに不安なく暮らすにはどうしたらいいのかを考えることが大事です。
老後を自分らしく暮らすにはどうすればいいのか。自分のライフスタイルに合わせて考えてみてください」
山中伸枝さん
ファイナンシャル・プランナー、おもな著書は「50歳を過ぎたらやってはいけないお金の話」(東洋経済新報社)、「ど素人が始めるiDeCo(個人型確定拠出年金)の本」(翔泳社)など
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