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ワインの世界で起きた「革命」1960年代に5%だった国際取引の割合が、たった50年で40%まで拡大した秘密とは

ライフ・マネー 記事投稿日:2026.05.23 16:00 最終更新日:2026.05.23 16:00

ワインの世界で起きた「革命」1960年代に5%だった国際取引の割合が、たった50年で40%まで拡大した秘密とは

 

 

 かつてワインは、欧州の選ばれた土地と歴史が育む「職人の芸術品」でした。フランスやイタリアといった「旧世界」では、特定の土地(テロワール)と密接に結びついた文化が、厳格な法規制のもとで大切に守られてきたのです。

 

 そこに新たな可能性を提示したのが、アメリカやオーストラリアなどの「新世界」でした。1970年代以降、彼らはワインのつくり方も届け方も現代的に再構築し、ワインを「一貫した品質を持つ製品」として再定義することで、大きな変化をもたらしました。

 

 旧世界のワイナリーが自社畑の個性を重んじたのに対し、新世界のワイナリーは、広い範囲からブドウを調達することで天候リスクを分散させました。生産現場では、灌漑や温度管理、機械収穫を導入し、自然の変動に左右されない安定した品質を実現しました。

 

 これは、ワイン生産という営みを「自然任せの農業」から、「管理可能な製造業」へと進化させる試みでもありました。

 

 マーケティングにおいても、新世界ワインは新たな扉を開きました。旧世界が産地名や格付けといった専門的な知識を消費者に求めたのに対し、新世界はブドウの品種をラベルに明記。味の要素をシンプルに伝えることで、ワインになじみのなかった層でも自分好みの味を選べるようにしたのです。

 

 その結果、中低価格帯では、複雑なラベルの旧世界産よりも、味のイメージが湧きやすい新世界産が、多くの消費者に親しまれるようになりました。

 

 この変化の本質は、不確実性の高い伝統的な農業を、金融資本が投資しやすい「予測可能な産業」へと整えた点にあります。

 

 旧世界のワインづくりが家族経営を中心とした「個」の営みであったのに対し、新世界は科学技術と大規模投資を組み合わせ、製品の標準化を成し遂げました。

 

 この明確なビジネスモデルが多国籍企業や投資ファンドの参入を呼び込み、潤沢な資金によって世界規模の流通網が築かれ、ワインは日常を彩るグローバルな商品へと広がったのです。事実、1960年代にはわずか5%程度だった国際取引の割合は、2010年代には約40%にまで達しています。

 

 現在、旧世界ワインと新世界ワインはそれぞれの強みを活かして、棲み分けています。

 

 新世界は「いつでも変わらぬ感動」を届けるライフスタイル・ブランドとしての地位を確立し、対して旧世界は、科学だけでは代替できない「職人の物語」に高い価値を付加するラグジュアリー戦略へとシフトしていきました。

 

 しかし、かつては「伝統」や「神秘」という言葉だけで通用した旧世界のワインでさえ、今やエビデンス(客観的な根拠)のない物語は受け入れられません。

 

 テクノロジーが土地の秘密をデータで解き明かし、資本力によって「売れる物語」が緻密に設計・構築されるようになった現代では、中途半端な「ストーリー」は無力です。

 

 ワイン生産者は、徹底的に合理性を追求するか、あるいは科学の解析を超えるほどの「真に唯一無二の物語」を磨き抜くか。その二者択一から逃れることはできません。

 

 日本の農業が今直面しているのも、まさにこの大きな波だと言えるでしょう。技術によって土地の制約を超えていく「テクノワール(脱テロワール化)」の流れは、もはや止めることのできない潮流です。

 

「農業は職人の手仕事だからこそ、人間にしか守れない聖域がある」

 

 そう信じたい想いは、私たちの中に共通して存在します。しかし、職人の技の象徴であったワイン産業が歩んできた道のりは、そうした願いを抱えつつも、私たちが新たな現実とどう向き合っていくべきかを厳しく問いかけています。

 

 

 以上、久松達央氏の新刊『おいしい日本の野菜が消える日 二極化する農業の未来』(光文社新書)をもとに再構成しました。日本の農業はなぜ産業化が遅れ、ガラパゴス化したのか。農業の未来について大胆に議論を交わします。

 

■『おいしい日本の野菜が消える日』詳細はこちら

出典元: SmartFLASH

著者: 『FLASH』編集部

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