
東京・池上の「カレーだしっ!」にて、試作をおこなう園山真希絵さん(写真・福田ヨシツグ)
「体にいいものって、“おいしくないものを我慢して食べる”と思われがち。でも、まず『おいしい!』が来ないと、続かないと思うんです」
そう語る食作家・実業家の園山真希絵さんの原点は、高校時代。体重は70kgを超えて、肌も荒れていたという。
「大好きなカレーに、苦手だった根菜や大豆を入れるようにして、食生活を変えたんです。1年で劇的にやせ、肌も完治して、食べものの力を実感しました」
食のプロフェッショナルとしての土台を築いたのが、国内外の名店を食べ歩いた日々だった。
「なかでも忘れられないのが、三國清三シェフとの出会いです。お店で必死にメモを取り、写真を撮っていたら、厳しくしかられたんです」
だが、その料理に深く感激した園山さんは、後日、ひたすら熱い手紙を書き送った。その情熱が届き、三國シェフから直接、電話がかかってきたという。以来、業界の巨匠にかわいがられる存在となった。
25歳で著書を出版し、27歳で起業。28歳で紹介制飲食店「恵比寿園山」を開店すると、流行に敏感なメディア関係者らの間で評判に。自身もテレビや雑誌の人気者となったが、それでも店に立ち続けた。
「心身の健康が何より大事だと考えていたからこそ、食でそれを支えたいと思っていました。でも、私がいないと成り立たない状況に、自分自身の健康を犠牲にしていました。気がつけば、生理が7、8年止まっていたんです」
コロナ禍の折に店を閉じたことは、真の健康を再確認する契機にもなった。現在は企業顧問や商品開発、メンタルケアに奔走。故郷・島根県出雲市の観光大使も務めるほか、実業家の堀江貴文氏らとグルメサイト「TERIYAKI」の運営にも携わっている。
2024年には、TAKESHI氏と結婚。「嵐」や「SUPER EIGHT」などの楽曲を手がける作詞作曲家だ。
「私、まったく結婚願望がなくて、わりと勢いだった感じです。もともとはある食事会で一緒になったんですが、知らない人が何人もいる食事会は本当に苦手で、早く帰りたいと思っていました(笑)」
その距離が縮まったきっかけは――。
「私が通っていた薬膳カレーのお店に一緒に行ったのが最初で、話も盛り上がって。思ってたよりすごくまじめな人だなぁと思ったんです」
またもカレーが、人生の転機になった。
取材/文・吉澤恵理
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