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237社で働いたスーパー派遣女性「大企業は人材崩壊してる」

ライフ・マネーFLASH編集部
記事投稿日:2018.05.29 11:00 最終更新日:2018.05.29 11:00

237社で働いたスーパー派遣女性「大企業は人材崩壊してる」

 


「私、日雇い含めて237社で働いてきたんですよ」
 目の前に座ったゆかりさん(仮名・39歳)は、驚くべき数字をさらりと口にした。

 

「リーマンショックの後、本当に仕事がなくて、求人誌だってペラッペラだったじゃないですか。日雇いの仕事はなんとかあるので本当にいろいろ行きました。やってきたのは物流63社、オフィス39社、食品製造28社、サービス60社、製本25社、その他、自動車とか……」

 

 目の前に座るキャリア女性然とした空気をまとう彼女と、「日雇い」という言葉がどうしてもつながらなくて混乱した。

 

 現在はIT関係で派遣で働き、時給は2500円だという。彼女は持参した資料を私に見せながら、これまでやった日雇いの過酷な実態を説明してくれる。

 

 離婚して、2007年頃、当時3歳だった娘を連れて実家に戻ったゆかりさんを襲ったのが、2008年のリーマンショック。

 

「とにかく仕事がなくて、私自身もスキルがない。日雇いの仕事しかないので、底辺みたいなすごい工場に行くんですよ。そうすると、地元は本当にヤンキーが多いので、『てめえ、何やってるんだ殺すぞ』とか、すごいんですよ。

 

 結構な規模の会社でも、日雇いの人が持ち込んだ携帯を『何持ち込んでるんだ』ってその場でバキッと割るとかね、すごかったです……」

 

 そう言うと、ゆかりさんは自作の資料を見せてくれた。そこには誰もが知っているコンビニや運送業などの名前がずらりと並んでいる。

 

「例えばあるコンビニのデザート工場では、ラインに入ったらトイレに行っちゃいけないってルールがあって、お漏らしをしながらデザートを作らされる。

 

 6時間の契約なんですけど、トイレ休憩が認められていない。私なんかは抜け出て行っちゃうんですけど、それができない人は本当にお漏らししながらやってました。そういうところは2ヶ所くらいありましたね」

 

 食品工場で、お漏らし。あまりにもハードすぎる話である。

 

 日雇いの現場ではタダ働きという問題もあった。例えば4時までの契約なのに「5時まで」とお願いされ、承諾するものの、5時になっても社員が一向に現れないので作業を続けるしかないなど。その間はタダ働きとなってしまう。そんなことを、派遣社員20人に対して毎日続ける現場もあった。

 

 しかも困るのは、そのせいで送迎バスに乗り遅れてしまうことだ。工場は駅から遠く離れた不便な場所にあることが多いのでバスに乗り遅れると大変だ。

 

「帰りは徒歩で、最寄りの駅まで徒歩85分ってこともありました」

 

 そうして彼女は次々とスキルを手に入れていく。
 最初はテレフォンオペレーター。電話は苦手だったものの、テレフォンオペレーターができると時給は1200円ほどになるという。今では「かなりベテラン」で、なんと「1日で1ヶ月分のノルマを達成することもある」というから驚きだ。

 

 その他にも様々なスキルを手に入れた。

 

 もともと簿記2級は持っていたものの、英文経理も勉強。また、IT・エンジニア関連のスキルも続々と手に入れていく。CAD利用技術者の2級を取り、JAVAという言語プログラミングの資格も取得。が、「国内の、それくらいの資格じゃ通用しないので」、昨年、世界基準の資格を取ったという。

 

「LPIC(エルピック)っていう、世界基準のネットワークエンジニアの資格を取りました。そうしたら、世界が変わってくる。時給も2000円以上だし、派遣会社の対応が違います。2000円以上になると楽なんですね。わがままを言える。今、エンジニアは、かなり不足してるので」

 

 どの資格も、ほぼ独学で取ったというから驚きだ。ゆかりさんは、すべてを「努力」と言った。

 

「とにかく劣等感の塊だったので。いじめに遭ってきたし、本当に『バカ』『殺す』とか言われてきて、それが最近ここまで上り詰めて。スーパー派遣って言われたり、最近は社員の人に『先生』って言われて。

 

 スキル、芸は身を助けるってことですよね。今まで大企業って安定してるって思われてたと思うんですけど、大企業なんてもう勤めない方がいいんじゃないかって思います」

 

 そう思う背景には、派遣で見ている日本企業の杜撰さもあるようだ。

 

「もう人材崩壊ですね。派遣で経費削減だけ考えていたがために、会社の根幹部分が崩壊してる。最近、私は基幹システムばかりやってるのですが、会社の核となる大事な情報が詰まっているメインフレームやサーバーのデータの内容や構造を知ってる人は社員で誰もいないってこともある。

 

 だから派遣をぞんざいに扱ってると、ろくなことはないって話です。一番いいのは正社員が増えて責任を持って会社の発展のために尽くすことですけど。

 

 私はずっと派遣をやっていて、でもその会社に興味ないから(正社員になるのを)断ってきたっていうのもあるんですね。全面的に責任を引き受ける気持ちも、忠誠心も、社員の方と比べればありませんから」

 

 彼女のスタンスは、これからの日本社会においてメインストリームになっていくものではないだろうか。下手に会社に忠誠心なんて持ってしまうと過労死しかねない社会である。

 

 自分のスキルを生かし、自由な働き方をする。しかし、そのためにはスキルを常に磨かなければならない。237社で働き、努力に努力を重ねて「スーパー派遣」となったゆかりさん。彼女がこれからどんな新しい働き方・生き方をしていくのか、そこに大きなヒントが詰まっている気がしたのだった。

 

 

 以上、雨宮処凛氏の新刊『非正規・単身・アラフォー女性 「失われた世代」の絶望と希望』(光文社新書)を元に構成しました。現在のアラフォーは、多くがフリーターや派遣になった「受難の世代」。数多くの不安を抱えて生きる現代アラフォー女性たちの「証言」から見えてくるものとは?

 

●『非正規・単身・アラフォー女性』詳細はこちら
https://honsuki.jp/stand/3393.html

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