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「溺死と火災どっちの死者が多い?」でわかる在庫管理の鉄則

ライフ・マネー 投稿日:2018.10.04 16:00FLASH編集部

「溺死と火災どっちの死者が多い?」でわかる在庫管理の鉄則

 

 ビジネスにおける需要予測は、難しい数学の式を使って予測モデルを構築し、パラメーターをいじくって0.1%の精度を追求していくものではありません。限られた時間の中で、数多くの商品の売上を “適切に” 予測し、経営効果を追求していくものです。

 

 ここでいう “適切” とは、品切れも余分な在庫も発生させないレベルで、ということです。品切れを防ぐことで売上機会損失を防ぎ、余分な在庫を持たないことでムダな管理コストを削減できます。

 

 ただ、全品を、1品ずつじっくりと予測をしている時間はありません。予測に時間をかけるべき商品とそうでない商品を適切に判断し、スピーディーに予測していくことが必要になります。ここで強力な武器となるのが、「ヒューリスティクス」(発見的探索法)です。

 

 私は「ある程度の精度で最速の思考方法」と解釈しています。
 例えば、会社の懇親会の幹事を任され、お店を選ばなければならない時、会社近辺のエリアの飲食店を全て調査して、様々な角度から(料理の味、店内の雰囲気、店員の態度など)評価して、順位づけをしてから選ぶのには大変な時間がかかります(この方法は全数探索といいます)。

 

 こうした総当たり的な方法を避け、グルメで有名な先輩にお店の候補を挙げてもらい、その数店から選ぶという方法をとれば、短時間で、十分に満足度の高い飲食店を選ぶことができる可能性が高くなるのではないでしょうか。こうした方法をヒューリスティクスと呼びます。

 

 ビジネスの場では、特にベテランの予測担当ほど、ヒューリスティクスを有効に活用しています。一人の予測担当は、少なくとも数百を超える商品を担当する場合が多く、また、1品ごとにこの先数ヶ月~1年程度の出荷数を予測しなければなりません。

 

 そのためには、月別に消費者がどれだけ買ってくれるのかを予測しなければなりませんし、併せて小売店の在庫の増減も月別に考えなければなりません。加えて、来月にはブランドプロモーションがあるかもしれませんし、ライバルブランドから似たような新商品が発売になるかもしれません。

 

 こういった情報を漏れなく収集し、1品1品の需要予測に反映していくには、おそらく膨大な時間がかかります。

 

 そこで予測担当は、予測を行う際に優先順位をつけ、予測に時間をかけるべき商品とそうでない商品を分けて対応しているのです。

 

 一方で、一見とても有用に思えるヒューリスティクスは、時に大きなミスを犯してしまう原因にもなるのです。

 

 ヒューリスティクスにはいくつかの種類がありますが、そのうち「利用可能性ヒューリスティクス」は、最近の事例や検索しやすい事例を使って思考、判断することです。簡単にいうと、思いつきやすいことを参考にする、ということです。

 

 よく例に使われるのが、「日本では、溺死と火災、どちらで死亡する人の方が多いでしょうか?」というもの。大半の人が「火災」と解答するのですが、答えは「溺死」です。

 

 厚生労働省と消防庁のデータによると、2014年時点でも「溺死」は「火災による死亡」の約3倍(約4900人に対し、約1700人)です。この「溺死」には、家庭内、つまり、入浴中の事故が多数含まれています。特に高齢者の事故が多いのですが、こういった知識を持っていないと、さきほどの質問に正しく解答することができません。

 

 これは言い換えると、「高齢者の入浴中の事故が多い」という情報を使うことができるか(利用可能であるか)が重要になるということです。

 

 需要予測を担当したばかりの頃、私の担当商品の中に、主にドラッグストアで販売している比較的安価なメイク落としがありました。これは若年層を中心に安定的な需要がありましたが、テレビCMを投入して大々的にプロモーションをかけるブランドではありませんでした。

 

 そのため、前年の実績を参考に、直近のトレンド(需要が伸長傾向にあるのか下降傾向にあるのか)に従ってスピーディーに予測していました。特に大きなブランドプロモーションの計画もなく、冬に向かって需要が伸びる商品でもなかったため、比較的単純な予測でも大きくブレることはないと考えていました。

 

 ところが、ある時、予測を大幅に上回る売上の見込みが出てきました。これを真っ先に嗅ぎ付けた在庫計画の担当の方が、私に警告してくれました。

 

「このメイク落とし、だいぶ上ブレしそうだね。このままだとかなり在庫が少なくなって、品切れが起きる可能性があるけど、何かあったの?」

 

 そこで私は慌てて分析に入りました。まずは、どこか特定の小売店や系列(複数の店舗を運営している企業)で、大規模な納品が行われていないかを調べました。小売店が売上を上げるために、流行や季節に合った特定の商品を取り上げ、特別な売場をつくるなどして、販売に力を入れるといった動きです。しかし、調べた結果、目立った納品は行われていませんでした。

 

 その時、隣の席の予測担当の方が、「それ、たしか前年、限定品の発売があったよ!」と声をかけてきてくれました。調べてみると、たしかに前年、ミニサイズのメイク落としが付いた限定セットが発売されていたのです。

 

 その影響で、前年の単品の出荷数は落ち込んでおり、それを基に予測していた私は大きな間違いを犯してしまったのです。

 

 この失敗事例は、必要な情報を得ることができなかったために発生しましたが、認知科学的な視座から振り返ると、利用可能性ヒューリスティクスによるミスだと考えています。

 

 つまり、簡単に利用できる(利用可能な)情報だけを使って、スピードを優先して需要予測を行った結果、本当は考慮すべき情報が抜けてしまった、ということです。

 

 こう考えると、人の行動特性に由来して発生する予測ミスには、効果的な対応策を打つことができます。私が考える、利用可能性ヒューリスティクスによる予測ミスへの対応策は、「利用可能性を拡げる仕掛けづくり」です。人に “必ず考えなければいけない重要な情報がありますよ” ということを認識させればいいのです。

 

 
 以上、山口雄大氏の新刊『品切れ、過剰在庫を防ぐ技術 実践・ビジネス需要予測』(光文社新書)を元に再構成しました。需要の予測が非常に難しい化粧品業界を実例にとりながら、明日から役立つ実践的な需要予測を学びます。

 

●『品切れ、過剰在庫を防ぐ技術』詳細はこちら

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