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力士の髷はどうやって作るのか「床山」神の技術の真髄を見た

ライフ・マネー 投稿日:2018.11.12 16:00FLASH編集部

力士の髷はどうやって作るのか「床山」神の技術の真髄を見た

髷棒

 

 今度はアイスピックに似た形状の道具が現われた。棒である。髪を髷棒で擦るようにして、左右のバランスを整えていく。

 

「この髷棒、バイクのスポークを削って作るという噂を聞いたんですが、本当ですか?」

 

 僕はまさか事実ではあるまいと恐る恐る聞いた。床仁さんはあっさり肯定した。

 

「ああ、そういう人もいます。自分でそれぞれ作るんです。私の髷棒は、ピアノ線をグラインダーで削って作りました」

 

「この持ち手の部分は?」

 

「それはペンのお尻です」

 

「ペンのお尻……」

 

 困惑して見つめる僕に、床仁さんは照れたように言った。

 

「ぴったりはまったので……」

 

 要するに使いやすければ何でもいいらしい。

 

「竹の筒を使う人もいますね。太さも長さも、その人の好みに合わせて作るんです。長く使っていると少しずつ削れていくので、その場合は作り直しますが、一生に一、二回くらいでしょうね。人から貰うこともありますよ」

 

 

 髪をすく三種類の櫛(くし)は配給され、油などは力士が買ったものを使うそうだ。

 

「この櫛は、どうして汚れたままなんでしょうか」

 

 僕は道具箱の隅にあった小さい櫛に目をつけた。櫛の根のあたりに髪の毛がたくさん絡みついている。掃除しないのだろうか。

 

「汚れを取るためです」

 

「汚れてますが…」

 

 しばらく嚙み合わなかったが、すぐに謎は解けた。力士の髪に埃やふけなどのゴミがついていることがある。取り除くのは普通の櫛では難しいが、根のあたりに髪の毛をあえて結びつけた櫛を使えば、毛に吸着させて取り除けるというわけ。床仁さんの工夫の一つだ。

 

「作業で使う紐もね、靴紐を使う人もいますし、私はサラシの布を巻いて作ってますね。元結いに使う紙紐? あれは、買ってきます」

 

 職人芸と呼ぶべき技術だが、伝統でがんじがらめというわけではなく、個人の工夫がたくさん込められている。そんなところも含めて一つの文化なのだろう。

 


床仁(とこじん)本名・熊西一郎
1966年生まれ 東京都葛飾区出身。一等床山。中川部屋所属

 

二宮敦人(にのみやあつと)
1985年生まれ 小説作品に『最後の医者は雨上がりの空に君を願う』。初のノンフィクション作品『最後の秘境 東京藝大 天才たちのカオスな日常』が12万部を超えるベストセラーに

 

(週刊FLASH 2018年9月25日号)

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