本庶佑・京大特別教授のノーベル賞受賞をきっかけに「がん免疫療法」に関する情報が氾濫している。
「患者様とともに諦めないがん治療」「進行したがんも治す最新治療」「体に優しいがん治療」……。ネットでちょっと検索するだけで「がん免疫療法」を謳う民間クリニックのサイトが続々と出てくる。
だが、日本医大武蔵小杉病院腫瘍内科教授の勝俣範之医師は、こう釘を刺す。
「怪しいクリニックが宣伝している免疫療法は、効果と安全性が確認されていません。唯一効果が確認されているのが、本庶教授の研究がもとになって開発された免疫チェックポイント阻害剤です。
『免疫療法』とひとくくりにされますが、まったく別物なんです」
こうしたクリニックは、頻繁に無料の説明会を開いている。以前、あるクリニックの説明会に参加した女性が、そのときの体験を語る。
「大阪から行くと伝えたら『東京の地理がわからないでしょうから』と、わざわざ新幹線の出口まで看護師さんが迎えに来てくれたんです。
会場では、テレビが取材に来たとか、雑誌に掲載されたとか聞かされました。説明会でシャーレの中のがん細胞がワクチンによって壊れていく映像を見せられました。
人間の体内でも同じ効果があるのかと思って質問したら、急に態度が変わって『ほかの人が動揺するから』と追い返されたんです」
当然の疑問に答えられないのは後ろめたさからか。
勝俣医師によれば、こうした怪しい「がん免疫療法」を実施しているクリニックは、全国で330以上にのぼる。
「眼科や美容整形外科などのクリニックも参入しています。そうしたクリニックでは、がんをきちんと診たこともない専門外の医師が、がん治療をおこなっているんです」
治療とインチキの境目について、宮崎善仁会病院腫瘍内科の押川勝太郎医師が語る。
「保険適用の標準治療として認められているのは、免疫チェックポイント阻害剤だけです。今回のノーベル賞受賞は、ほかの自費診療の免疫療法が全部、インチキだという証明になりました」
同じ「免疫療法」を謳っていても “偽物” はまったく異なるものだ。勝俣医師が解説する。
「がん細胞が免疫にブレーキをかける。そのブレーキを解除して、リンパ球でがん細胞を攻撃する。その作用を強めるのが、免疫チェックポイント阻害剤です。
これに対し、多くのクリニックでおこなわれているのが、免疫細胞療法です。患者自身の血液を採り、がんを殺す免疫を増やした後で体に戻す治療で、両者はまったく違うもの。
がん治療ではなにより、エビデンス(科学的根拠)が求められるのです」(勝俣医師)
では「がん免疫療法」を実施しているクリニックでは、実際、どんな治療がおこなわれているのだろうか。
テレビCMを盛んに流している全国チェーンのクリニックのホームページを見ると、治療の内容がわかる。「免疫力でがんが治る」ことをほのめかし、あらゆるがん種が対象となっている。
独自のがん免疫治療に加え、話題の「オプジーボ」も併用しているが、なにより、1回の投与量が20ミリグラムとごく少量であることを、勝俣医師は問題視する。
「オプジーボは240ミリグラム投与することで効果が得られるという臨床結果が出ている。20ミリグラムなら10分の1以下。これでは効果はありません。
オプジーボは簡単な薬じゃない。副作用で死者も出ている。ろくに設備もないクリニックじゃなく、ちゃんとした病院で処方すべきだと、学会レベルで警告しているところです」
押川医師は、クリニック独自の免疫療法とオプジーボを組み合わせた治療を危ぶむ。
「組み合わせによる副作用や安全性は検証できていません。しかも、クリニックで使うオプジーボは海外から個人輸入しているのです」
東大医学部附属病院でがん治療専門医として務め、現在は東京オンコロジーセンター代表であるセカンドオピニオン専門の大場医師のもとには、こうした「インチキ医療」を体験した患者が数多く訪れる。
「最近の例だと、名のある経営者で教養レベルの高い患者さんなのですが、知人に紹介されて、ある免疫療法クリニックに通ったそうです。
その方は頭頸部がんの一種なのですが、そこで投与されたオプジーボの投与量はわずか20ミリグラム。副作用の管理ができないからです。それに、クリニック独自の樹状細胞ワクチン療法を併用して、総額で500万円支払ったそうです。
徐々にがんは進行し痛みが辛くなり、日常生活にも悪影響が出ていました。そのクリニック医師は何もケアをしてくれない」
こうしたインチキ医療は日本独特の現象だと、勝俣医師が言う。
「海外では、未承認のがん治療薬に厳しい規制がありますが、日本では医師の裁量にまかされ、取り締まる法律がない。私がただの水を『勝俣水』と呼んで100万円で売っても違法にはならないのです」
本庶教授はノーベル賞受賞後の講演会でこう語った。
「効果がないものを提供し、金儲けをしているなら、きわめて非人道的だ」
まさに非人道的ながん治療が野放しになっている。
(週刊FLASH 2018年12月4日号)