あなたは電気製品を買うとき、メーカーで選びますか? それともスペックをしっかり読み比べて、最もいいと思うものを選びますか?
基本的には、高齢になるとメーカーで選ぶ人が多くなります。「ずっとパナソニックだから」とか、「東芝なら間違いない」といった具合です。
じつは、この傾向は、高齢者が「水戸黄門」のようなドラマを好むことと関係があります。どちらも「認知の硬さ」が関わっているのです。認知の硬さは、一般的には高齢になるほど強くなり、認知症の人では重い人ほど強くなります。
認知症の人のコミュニケーションと行動の大きな特徴の一つは、社会的認知が低下することによって、他者の心を推察して適切な行動をとることができなくなることですが、ほかにもいくつか特徴があります。
まず、自己中心的になる。これは社会的認知の低下のせいでもありますが、自分を機能させることに精一杯で、何が求められているかわからないからでもあります。
そして、感情的になる。前頭葉の障がいによって感情が抑制できなくなることによります。
呆然とする。これは周囲の情報を処理しきれず、状況の変化についていけないことによります。依存的になり、決断できない。これは複数のことを同時に考えて、相互を関係づけることができないためです。
認知の硬さも、認知症の人のコミュニケーションと行動の特徴の一つです。認知の硬さとは、一言でいえば「頑固さ」とか「融通のきかなさ」といったことで、いったん覚えた方法や定着したイメージを、状況が変わっても変えないことを言います。
認知の硬さを測る方法は種々ありますが、有名な方法の一つに「水汲み問題」があります。容量の異なる3つの水がめA・B・Cを使って、定められた量の水を汲むにはどうすればいいか、というものです。どういうものか、やってみましょう。
まず、汲むべき水の量が100リットルで、Aが21リットル、Bが127リットル、Cが3リットルの場合。
100=B(127)−A(21)−2C(6)
で求められます。
次に、汲むべき水の量が99で、Aが14、Bが163、Cが25の場合。やはり、
99=B(163)−A(14)−2C(50)
で求められます。
このように、正解が「B−A−2C」で求められる問題が数個続いたあと、汲むべき水の量が18で、Aが15、Bが39、Cが3という問題を出されると、「18=A(15)+C(3)」という簡単な方法で解が得られるにもかかわらず、
18=B(39)−A(15)−2C(6)
と計算してしまう人がいます。つまり、いったん覚えた方法を容易に変えないわけで、認知が硬いことがわかります。
認知の硬い人は、テレビドラマを見たときにも、第一印象で「この人は善人だ」と思うと、あとになって本当は悪人だとわかっても、「何かの事情で悪人のふりをしたけれど、本当は善人だ」などと主張し、自分の第一印象を変えません。
つまり、「悪人面をした人を悪人だと思ったら、やっぱり悪人だった」という展開の、水戸黄門のようなドラマでないと納得できない、といった状態になるのです。
このことは、特殊詐欺や悪質なリフォームに、高齢者や認知症の人が引っかかりやすいこととも関係しています。電話の第一印象で自分の子や孫だと思ったら、そのあとでおかしな要求をされても、子や孫だという思い込みを変えない。
あるいは、第一印象で信頼できる人だと思ったら、高額な工事が必要だと言われても、疑わない。このような認知の硬さを、悪意のある人に利用されてしまうのです。
特に認知症の人は、認知の硬さに加えて、社会的認知も低下していることが多いため、相手の心の底にある意図を見抜くことができません。特殊詐欺に引っかかると、家族は「なんでそんなバカなことをしたんだ!」と責めてしまいがちですが、自分ではどうしようもないのです。
話が逸れましたが、要するに高齢者や認知症の人は、他者との関係において第一印象が大きな意味を持つということ。いったん思い込んだことは、容易に変わらないということです。
したがって、こちらを信頼してもらうには、演技をするというと聞こえが悪いのですが、笑顔で接していい印象を与えることが大事です。
「この人はいい人だ」「信頼できる人だ」と思えば、認知症の人の気持ちも安定します。気持ちが安定すれば、コミュニケーションも取りやすくなり、会話も増えていくはずです。
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以上、佐藤眞一氏の新刊『認知症の人の心の中はどうなっているのか?』(光文社新書)をもとに構成しました。認知症の本質である「生活の障がい」と「孤独」を軽減するための、認知症の人の心の読み解き方を解説します。
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