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東京の名水で作った日本酒、五輪を前に世界アピールを狙う

ライフ・マネー 投稿日:2019.03.13 16:00FLASH編集部

東京の名水で作った日本酒、五輪を前に世界アピールを狙う

16代目当主

 

 JR青梅線福生駅の南口をおりると、道は多摩川の流れへ向かって緩やかなくだり坂となっている。商店街を抜け、住宅の間を縫いながら15分ほど歩くと玉川上水に到着。そのほとりには、レンガ製の少し角張ったような煙突と大きな欅の木がそびえる、まるで小さな森のようにすら見える蔵の敷地とそれを囲む土塀が立ち現れる。

 

『嘉泉』で知られる田村酒造場は、東京といっても、都心と比べて少しのどかな、多摩地区の福生市にある。

 

 

 田村酒造場は、1822年(文政5年)の創業だ。蔵は時の江戸幕府、松平定信による寛政の改革で江戸一帯の産業振興が推奨され、豪農や豪商に「江戸地回り酒」としての造りを許されたという歴史がある。

 

「1822年、9代目当主の勘次郎がこの地で酒造りを始めたと聞いています。ですので蔵元としては8代目になりますね」と説明してくれたのが、現当主で田村酒造場16代目となる田村半十郎さん。

 

 蔵の建物も江戸当時のものを残しながら増築する形で大きくし、あと4年で200年を迎えるという。

 

 また、煙突と並んで蔵のシンボルとなっている大欅は樹齢800年を超え、高さも約30mほどになる立派なものだ。

 

 江戸のころ、その大欅の根元を狙って井戸を掘ったところ、読みが見事に当たり、酒造りに適した秩父奥多摩からの伏流水がこんこんと湧き出た。それで、酒の銘柄は『嘉泉』と名付けられた。

 

 いまでも酒造りに使われる水はその井戸からすべて汲み上げて使用されている。

 

「わが蔵の家訓は『丁寧に造って、丁寧に売る』。先祖も『丁寧に売ること』がいかに難しいか知っていたからこそ、家訓として言い伝えられてきたのでしょう。

 

 じっくり丁寧にウチの酒はどういうものかを説明し、わかっていただける方に飲んでいただく。我々は流通の部分でも酒屋さんなどとコミュニケーションを取り、しっかりと目の届くところでお酒を販売したい、という思いで商いをしています」
 

 酒蔵はとにかく地域との関わりを大事にしないといけない、と16代目は言う。

 

「商売はとにかく真面目にやることです。信頼されなければ、長続きしない。酒造りのみならず、そのほかの所作も誠実にやっていくこと。

 

 田村家を地域が評価してくれるからこそ、しっかりした大人にならないと、というプレッシャーのようなものは子供の頃からありました。福生の皆さんに育てていただいたようなものです」

 

 田村酒造場では、高度成長期まで、新潟の越後杜氏や岩手の南部杜氏など蔵人が冬になるたび通いでやってきては酒を造り、春には地元へ帰っていた。

 

 しかし16代目は「このまま造りができるのか? 杜氏の高齢化などで将来は大変なことになる」と考え、地元福生の若者を採用し、杜氏の技術を学ばせていった。

 

 それが現杜氏の高橋雅幸さんだ。

 

「10年ほどかかりましたが、南部杜氏の技術を受け継ぎ、東京の人と水で酒を造れるようになりました。指導した南部杜氏も『もうこれで大丈夫です』と言ってくれ、高橋杜氏に素晴らしい形でバトンタッチできた。

 

 東京の酒として、200年になろうかという伝統をこれからも引き継いでいけます」

 

 いまや、蔵人はみな地元・福生出身。いまでも酒造りの根幹の部分では手作りで造るこだわりを貫き、旨い酒を醸すことに情熱を傾けている。

 

 いっぽう、蔵の経営が常に順風満帆だったわけではない。バブルが弾けた直後は、東京でも日本酒離れが起き、『嘉泉』もその波に巻き込まれた。バブル後は東京の蔵というのがプラスにならない側面もあったという。

 

「あの頃は地方で試飲会などを行うと、『東京の蔵? 何区で造っているんだ』と言われたり、『水道水で醸しているんじゃないか』などと言われたり。

 

 東京のイメージが都会過ぎて、酒蔵として売り出し方に苦労しました。それもあったのか、先代の頃は『多摩の酒』という言い方もしていましたね」

 

 しかし、現在はインバウンド需要の増加や2020年東京五輪を控え、明らかに『東京の酒』への見方が変わってきたという。

 

「政府や都のレセプションなどでも『東京の酒』を使いたいという声があがっていますし、海外から和食とセットで日本酒にもどんどん注目が集まるようになっています。

 

 世界から3000万人が東京に来る、とも言われるなかで、『東京の銘酒』として大いにアピールできるチャンスが来たと思います。『東京にもいいお酒があるんですよ』とぜひ知っていただきたい」

 

 辛口で旨みが深く、絞りたての風味を生かした厚みある味わいが特徴の『嘉泉』。五輪を控え、海外からも注目される「東京の酒」だ。

 


<蔵元名>

田村酒造場(東京都) 
創業196年(1822年)

 

<銘柄>
嘉泉(かせん)、田むら(たむら)
東京都福生市福生626
http://www.seishu-kasen.com/

 

<社訓>
丁寧に造って 丁寧に売る

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