日本でもっとも有名な天才・藤井聡太七段を弟子に持つ杉本昌隆八段。藤井七段を育成してきたことや、師弟対決に注目が集まるが、これまでの棋士半生で対峙してきた天才たちとの逸話を語ってもらうと、サラリーマンも目からウロコの「人生訓」が溢れ出した。
「村山聖九段(実話に基づいた映画『聖の青春』の主人公。29歳で夭折した天才棋士)とは、同世代で仲もよかったのですが、一緒にいて居心地がいいだけの関係ではなかった。毒舌で、人にも自分にも厳しい。会社でもそういうタイプは煙たがられたりする。
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村山九段は、盤上でも盤外でも遠慮がないから、一緒にいてカチンとくることはよくありました。どちらも自己主張が強いから、相手にきつく当たってしまう。ただ技術のうえで、そういう人としかわかり合えないものがありました」
強くなる人ほど個性が強く、まわりから異質な者に見られることがある。途中でやめていく者の言葉に「自分は普通だから、ついていけなかった」というものがある。
だが、杉本に言わせれば、「やめた者のほうが変わっている。なぜもっと勉強しようと思わなかったのか」。若いころは、将棋に心血を注いでいない人を受け入れられなかった。
「年の近い人ほど、強く意識しました。羽生善治九段とは東西に分かれていたので(杉本は関西本部所属)、直接お会いする機会は少なかったですが、若いころは将棋雑誌で名前を見るたびに、ギラギラしたものが湧いてくるのを感じました。
そのエネルギーを憎しみや嫉妬で終わらせてしまうのはもったいない。もっとよくないのは諦めてしまうこと。この人には敵わないと思ったら、けっして届かない。
嫉妬できるエネルギーがあるなら、それを自分を高める向上心のエネルギーに変えていければ、その人は成功できると思います」
もし自分の部下に、優秀な社員の陰で悩んでいる者がいれば、発破をかけるのがよいというのが、杉本の考えだ。
「上司に100%共感している部下は、逆に見込みがないでしょう。世代間のギャップは当たり前のことで、年長者と若い人の常識が互いに非常識になることは多々ある。ただ、若い人のほうが数年先から10年先の社会を的確にとらえている可能性は高い。
将棋界でも第一人者の羽生善治九段は『自分がやってきたものを教えることが、必ずしもその人のためになるとは思わない』と言っています。
羽生さんは弟子をとっていません。一流といわれる人は非常に個性が強いので、その人にしか合わない練習法だったりする。若い人を育てるには別の意識が必要ですから」
今の時代は技術の教え方が難しい。年長者が経験してきたことを、若い人はネットを活用して知識として取得する。だが、知識だけによる行動には危うさもともなう。年長者は押しつけるのではなく、経験を理解してもらう姿勢が必要だということだ。
「あと、今の若い人は頑張れば成功できるという考えをあまり持っていないと思います。それゆえに、みんな同じ立場で自然に学んでいくという考え方のほうが、受け入れやすいのかもしれません」
すぎもとまさたか
1968年11月13日愛知県生まれ、50歳。故・板谷進門下。1990年、21歳で四段昇段。2012年に藤井聡太現七段が門下に。2019年2月22日、八段に昇段。3月には混戦を制し、C級1組からB級2組への昇級を決めた
(増刊FLASH DIAMOND 2019年5月30日号)