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養老孟司×ヤマザキマリ×野澤亘伸「昆虫から読み解く人類」
ライフ・マネーFLASH編集部
記事投稿日:2019.11.30 16:00 最終更新日:2019.11.30 16:00
解剖学者、漫画家、カメラマン……専門分野は違えど、「昆虫好き」という共通の趣味を持った、養老孟司氏・ヤマザキマリ氏・野澤亘伸氏の3人が集まった。虫をテーマに座談会……のはずが、話はあらぬ方向に転がっていく――。
野澤(以下「野」)「ヤマザキ先生は、何がきっかけで昆虫好きに?」
ヤマザキ(以下「ヤ」)「子供のころ、北海道の千歳で暮らしていたんです。そこで見た昆虫たちの造形に、興味が湧きました。母がオーケストラの演奏家で、家にいないことが多かったので、ひとりで家にいるより、外で生き物といるほうが、寂しくなくて(笑)」
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野「とくにお好きだった昆虫はいますか?」
ヤ「お気に入りの昆虫には、図鑑にリボンマークがついています。蝶が多いですが、実際にはウリハムシみたいな地味なものが好きでした」
養老(以下「養」)「今年、千歳に行きました。あそこはいい虫がいますね」
ヤ「千歳に『美々』という貝塚があるんですが、昆虫探しの穴場で、よく自転車で行きました。そういえばこの夏、仕事場の近くの等々力渓谷で、溺れているカブトムシを助けたんです。『おかしな人』みたいに見られましたが……」
野「東京でも、けっこう昆虫が見られますよね。井の頭公園あたりに行くと、ノコギリクワガタなんかもいます」
養「東京は、農薬をまかないからね。このあいだ、珍しく東大に行ったんですよ。赤門をくぐって突き当たり、僕がいた医学部の本館だったんだけど、いまは事務棟になっている建物の前に丸い植込みがあってね。そこで子供が4~5人、トンボを捕っていた。嬉しかったねー」
ヤ「皇居にも、たくさんいるっていいますからね。そうそう! 今日は話したいことがあって。じつは私、オスのカブトムシに気に入られたんです。カブトムシのいる土を掘り返していたら、そこにいたオスが、私の指にとまったまま、離れない。どうも様子がおかしいと思ったら、交尾器を出してきて……」
野「僕も子供のころ、手に交尾器を立てられたことがあります。意外と痛いんですよね。『メスは命がけだなー』って思いました」
ヤ「痛かったですよ、痕までつきましたから」
養「何を言ってるんだか(笑)」
ヤ「オスは一生懸命震えて、音を出すんですよ」
野「羽と体をこする音なんでしょうね。人間の男も震えますから(笑)。交尾の前には、前戯でオスがメスの首筋をなめるんですよね」
養「詳しいね~(笑)」
ヤ「自分的には喜びだったんですけど、人に話しても『ヤマザキさんの変態性が、度を越してきた』って言われるに決まってるから、今日まで誰にも言えませんでした(笑)」
野「養老先生は以前、『昆虫から学ぶことは多い』とおっしゃっていましたよね」
ヤ「人間より先に、昆虫が発見したり、実践したりしていることはたくさんあります。以前、教えていただきましたが、ヨコバイの幼虫は、後ろ足の関節が歯車みたいになっているんですよね」
養「『神経系』と『遺伝子系』の2つがあってね。神経系とは、人間がこうやってしゃべったり、考えたりしていくなかで作られるもの。遺伝子系は、考えが介在しないでできていくもの。どちらでも、結果として歯車ができるんです」
野「『蚊の羽音が聞こえるのは、ヒトの進化が蚊を上回ったからだ』というお話も興味深かったです。蚊よりも大きい昆虫はいっぱいいるのに、その羽音は、ほとんどの人間の耳には聞こえない。蚊の羽音が聞こえるのは、『人間がどれだけ蚊を警戒して生きてきたか』ということだ、と」
養「さもなければ、蚊はバカですよ。黙って飛んでくればいいんだから」
野「昆虫がいまの10倍くらい大きかったら、人間は生きていけないですよ(笑)」
養「人間の脳は、平均1350g。虫の脳は、1gにもならないでしょ? だから虫たちは、ほとんど遺伝子系で行動している。それを見て人間は『すげえ!』なんて言ってるけど、『じゃあお前らの、その脳みそはなんなんだよ』と。そう考えると、『人間の脳ほど無駄なものはない』って思うよ(笑)。
ヤ「余計といえば、余計なものかもしれません」
養「脳も筋肉と同じで、使わないと退化してしまう。だから人間は苦労して、無駄なことを考えるんだよ。以前テレビの取材で、『人間の体でいちばんいらないものは?』と聞かれて、『ふつうの人の脳みそ』って答えたら、『それはきつすぎます』って(笑)。結局、『男の乳首』ってことで収まったんだけど」
ヤ「たしかに必要ないですね。漫画でも描きません(笑)」
養「乳首で思い出したけど、唇と頬っていうのは、哺乳類になるとできるんですよ。唇と頬で乳首に吸いつくことで、乳が飲めるわけ。だけど、乳首を作るのと、唇と頬を作るのと、どう相談してできたのか? 鶏が先か卵が先か、不思議な話だよね」
ヤ「私はイタリアに長く暮らしていましたが、周囲に、昆虫のことを分かち合える人がいなかったんです。うちのダンナも『お前のヨメはおかしい』って言われていました(笑)」
野「昆虫好きは、日本人特有のものなんでしょうか」
養「というよりも、『都市化』するとそうなるんです」
ヤ「文明が成熟すると、虫はどんどんいらないものになってしまっていくんでしょうか」
養「ヨーロッパや中国の都市は、柵や城壁で自然と都市を区切るんです。つまり、自然と都市との『結界』。要するに自然のものや、得体の知れないものは入れない。だから、都市の中に土があってはいけない。その結果、完全に舗装する。この前、講演で地方の都市に行ったら、中庭が舗装してあって、花を植えたプランターが置いてあった。この傾向は、地方のほうがひどいんじゃないかな」
ヤ「以前、千歳の小学校に体験学習の講師で招かれたんですが、子供たちは『怖いから土をさわれない』って言うんです。しかも、『昆虫を捕りに行く』と伝えたのに、女の子は短パンにヒラヒラの服装。挙げ句『蚊に刺された』『汚れた』って、もう理解できないですよ」
養「『自然は管理されなければいけない』っていうのは、シュメール族の時代からあってね。『ギルガメシュ叙事詩』では、主人公は森の怪物を退治に行く。その怪物を殺したことで、森の木を切る権利を手に入れる。そして森を伐採し、街をつくる。都市の始まりだよね」
ヤ「農耕もそうですよね。人間の力で、自然への道筋をつくっていくという。『死なないために、食物を備蓄しないといけない』という目的があったのでしょうが、人間の脳はつねに、こういう強迫観念に怯えているんですかね」
野「そういわれると、マイナス思考ですよね。危機感のほうの話ばかりをする」
ヤ「脳ではなく、もっと遺伝子系の部分で動いたほうがいいような気がします」
ようろうたけし
1937年11月11日生まれ 神奈川県出身 東京大学医学部卒業後、同大大学院で解剖学を専攻し、医学博士号を取得。2003年に出版された『バカの壁』(新潮社)は400万部超のベストセラーに。講演やテレビ出演なども多数
やまざきまり
1967年4月20日生まれ 東京都出身 14歳で初めて欧州に留学。17歳でイタリアに渡り油絵を学ぶ。1996年に漫画家としてデビューし、古代ローマをモチーフにした『テルマエ・ロマエ』が「マンガ大賞2010」を受賞した
のざわひろのぶ
1968年9月21日生まれ 栃木県出身 上智大学法学部卒業 1993年から『FLASH』の専属カメラマンとして活動。2018年に出版された『師弟 棋士たち 魂の伝承』(光文社)は、「第31回将棋ペンクラブ大賞」を受賞した
(増刊FLASH DIAMOND 2019年11月15日増刊号)