「クランクイン前に監督が皆の前で『数字(視聴率)は考えずに頑張りましょう』と話していました。現場は視聴率が出ても引き締まっていますが、プロデューサーの笑顔は増えたような気がします。それまではあまり笑顔を見たことがなかったので(笑)」
そう語るのは、「悪役」「イヤミな役」といえばこの男、木下ほうか(51)。社会現象となっている大ヒットドラマ『下町ロケット』(TBS系)でもその魅力を遺憾なく発揮している。
池井戸潤原作で町工場が巨大企業に立ち向かう様を描いた今作で、木下は冷酷な性格で人を切り捨てる帝国重工宇宙航空部本部長・水原重治役を演じる。芸歴は35年のベテラン。あらゆる憎まれ役を演じてきた経験を持つ木下でも、今回の水原本部長の役作りについては熟慮を必要とした。
「……(長い沈黙)。やっぱりバランスを考える。少々意地悪な役だとは思いますが、有名な俳優さんたちが出ているので、僕がやりすぎてもまずい。でも、やらなすぎてもドラマとしてつまらなくなってしまうという思いがあって、手探りです」
これまで一度だけ木下の想像を超える睨みを求められたことがあった。その迫真のシーンは第3話終盤。部下の財前道生役を演じる吉川晃司(50)が、佃製作所からの部品供給の検討を申し出る。予想外の進言に驚いた水原本部長は「財前!お前、本気で言ってるのか!」と睨みを利かす。
「監督から演技についての話はあまりありませんでしたが、財前を睨む演技で一度だけ『もっともっと上目遣いで悪党っぽくしてほしい』という要望がありました」
下から突き上げるような睨みは、憎まれ役の真骨頂ともいえるものだ。木下は『下町ロケット』の出演オファーが届いたとき、“ビビった”と本音を吐露する。
「『下町ロケット』は、『半沢直樹』の撮影チームが担当で、その撮り方は大変だと噂で聞いていました。同じスタッフが手がけた『流星ワゴン』に出演したときも、わずかな出番ではありましたが『すごい』と実感しました」
日曜劇場の’13年『半沢直樹』、’14年『ルーズヴェルト・ゲーム』、’15年『流星ワゴン』はすべて同じ脚本・監督・プロデューサーがチームとなって手がけている。
「どんな長いシーンでもカメラを回しっぱなしで一気に撮るんです。台詞をちゃんと覚えないとできない。ほかのドラマはカットで割ることが多いので、そんな撮り方しないですから。台本10ページぶんくらいは撮り続けることがあります。杉(良太郎)さんも『こんな撮り方は役者を51年やっていて初めてだ』と驚いていました」
第5話のクライマックスは、重役らが集まった会議室での場面だ。帝国重工の藤間秀樹社長役を演じる杉良太郎(71)に、財前が佃製作所のエンジン部品の使用を直訴した重要なシーン。これまでにない緊張感が漲っていた。
「『社長!』と財前が社長を説得するシーンに僕の台詞はありませんでしたが、カメラを回したまま続く2人の演技をドキドキしながら見ていました。2人とも、半端ではないプレッシャーだったと思います」
木下は後半パートにも出演。個性派俳優たちが揃う現場で、彼のスパイスが物語に深みを出している。
(週刊FLASH 2015年12月8日号)