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元公安警察が明かす「協力者の育て方」はじまりはパチンコ屋で「出ますか?」
社会・政治FLASH編集部
記事投稿日:2021.10.09 11:00 最終更新日:2021.10.09 11:00
刑事ドラマを見ていると、街の裏側や怪しい人物の情報を刑事に吹き込む人物が出てくる。いわゆる情報屋だ。
彼らのことを、公安では「協力者」と呼ぶ。街のチンピラみたいな人間はもちろんのこと、テレビや雑誌など各メディアの記者やリポーターにも協力者はいる。長年追っているターゲットの情報を得る場合は、協力者の存在が不可欠だ。
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ターゲットが勤める会社の上司や同僚なども協力者になる。彼らはターゲットの素性や本性は知らないが、ターゲットのことをよく知っている。ターゲットの周辺を調査(基礎調査)する過程でそういう人物が浮かび上がったら、様々な手を駆使して、その人物に近づく。
ある極左暴力集団のターゲットを基礎調査(基調)する過程で、ターゲットが勤める会社の同僚Aが、ターゲットと非常に仲がよいことがわかった。私はターゲットに関するオペレーションを管理する作業指導官の指示に従い、Aに接近することにした。
Aは無類のパチンコ好きで、いつも同じパチンコ屋で打っているという。そこで、ある時、Aが打っている台の隣に座り、Aに「どうです? この店はよく出ますか?」と話しかけた。
パチンコは学生時代に何回か打ったきりで、その後はまったく打っていなかった。見る人が見ればド素人であることは一目瞭然だっただろう。
だが、Aは自分の台しか見ていなかった。私の話に疑うことなく、「この店は、土日は釘が厳しい。木曜日の昼間が甘いから、ときどき有給休暇をとって来ている」などと返してきた。
何度かそのパチンコ屋に通ううちに、Aとは顔見知りになった。隣同士で打つことも多くなり、次第に親しくなっていった。
Aと親しくするのは、ターゲットについての情報を知るためである。だからといって、パチンコを打ちながらターゲットの名前を口にすることはない。ましてターゲットのことを聞き出すことなど絶対ない。
基調で、ターゲットが極左暴力集団に所属するのをAが知らないことはわかっていたが、それでも唐突にターゲットの話題を持ち出せば、間違いなく怪しまれるだろう。だから、私はその時が来るまで、じっくり時間をかけてAと懇意になっていった。
私の台がとても調子よく、Aの台がうんともすんとも言わない時は、「急に用事ができて、すぐに出なければならなくなった」と台を譲ったこともあった。負けが込んでいるAは大喜びである。
次に私がパチンコ屋に顔を出したのは、1カ月後のことだった。
間を空けたのは、作業指導官の指示である。曰く「Aにはお前に対する良い印象が残ったはずだ。でも、それだけでは、お前に会いたいとは思わないだろう。また会いたいと相手に渇望させるには、1か月くらい顔を合わさないほうがいい」。人間心理の機微に通じた者の発想である。
実際、「ご無沙汰です。名古屋に長期出張に行ってました」と言って、久しぶりにAの隣の台に座った時、Aは心からうれしそうな顔をした。それからも、パチンコの後、Aと近所の居酒屋に飲みに行ったり、ひとり暮らしのAの部屋で家飲みをしたりして、とても親密な仲になった。
話の中で、Aの会社のことも次第にわかっていった。ターゲットのことに触れて不自然に思われなくなるまで、あと、ひと息である。
しかし、その矢先に作業指導官からオペレーションが変わったとの連絡が入り、私は御役御免となった。私の後任の捜査員がAの “担当” となって、Aのパチンコ台の隣に座るのかもしれなかったが、それは私にはわからなかった。
Aに「転勤が決まって、この店に来るのも最後です。短い間でしたが、ありがとうございました」と言った時、寂しそうな顔をしていたのを覚えている。
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以上、勝丸円覚氏の新刊『警視庁公安部外事課』(光文社)をもとに再構成しました。元公安が明かす、外国人によるスパイ・テロ・犯罪行為を水面下で阻止する組織の実態とは?
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