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石原慎太郎さん逝く…「ネッシー探検隊長」「空飛ぶ円盤」失わなかった冒険心

社会・政治FLASH編集部
記事投稿日:2022.02.01 17:37 最終更新日:2022.02.01 17:48

石原慎太郎さん逝く…「ネッシー探検隊長」「空飛ぶ円盤」失わなかった冒険心

石原慎太郎氏の長男・伸晃氏、二男・良純氏とともにヨットの上で

 

 2月1日、89歳で亡くなったことが報じられた石原慎太郎さん。一橋大学に在学中の1955年に『太陽の季節』で芥川賞を受賞し、1963年に参議院議員に初当選。環境庁長官や運輸大臣などを歴任し、1999年からは東京都知事を務めた。

 

 本誌は、石原さんが都知事に就任してから半年後の11月23日号で、石原さんの意外な過去を紹介している。

 

 

 記事のタイトルは「発見! 若き石原知事はネッシー探検隊長だった」。記事によると、石原さんは1973年に「ネス湖怪獣国際探検隊」なる組織の総隊長を務めていたという。ネッシーとは、イギリス・スコットランドのネス湖に生息していたとされる未確認動物。首長竜の生き残りという説もあり、20世紀後半にかけて多数の目撃談や写真が残されている。

 

 発案者は、アントニオ猪木vsモハメド・アリ戦などの仕掛け人である“伝説のプロデューサー”・康芳夫氏。スポーツ新聞の隊員募集広告には3000人の応募があり、女性2人を含む11人が参加したという。

 

 康氏は当時本紙の取材に、「英国の新聞には『日本人は我々のネッシーを狙っている』などと書かれ、『朝日新聞』の『天声人語』にも『なんともご苦労でアホらしいことである。1億5千万円の金を使うなら、もう少しまともなチエがないものか』と揶揄されましてね」と語っている(表記は当時のママ)。

 

 故・福田赳夫元首相の激励のもと、資金を調達して現地に飛んだ一行は、1カ月100万円でチャーターした漁船で9時から18時までネス湖を探索。水中探知機を操りながら大真面目に探査したが、2カ月間かけて、成果は巨大ウナギを一匹捕獲しただけだったという。

 

 1955年には、故・三島由紀夫氏らとともに「日本空飛ぶ円盤研究会」の会員として名を連ね、都知事時代の2007年には記者会見でUFOについて問われて「私も見たいと思う」と語っていた石原さん。会見では「地球に飛んでこないでしょ」と続け、その存在は否定していたが、作家や政治家として名声を得ながら、いつまでもヨット少年だったころの冒険心を失わなかった。

 

( SmartFLASH )

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