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中国スポーツ界の深刻すぎる“薬物汚染” 告発目指す女性スポーツドクターの「告発本」に当局からの圧力が

社会・政治 投稿日:2022.08.06 19:17FLASH編集部

中国スポーツ界の深刻すぎる“薬物汚染” 告発目指す女性スポーツドクターの「告発本」に当局からの圧力が

習近平国家主席はドーピングの告発を阻止するかのような態度をとっている(写真・アフロ)

 

 今、習近平国家主席が睨みつけているのは、ペロシ米下院議長だけではない。ドイツに亡命した、とある女性スポーツドクターにも、注意の目を向けている。その名は薛蔭嫻(セツ・インカン)氏だ。彼女とその息子は現在、54万字と1200枚の写真で構成される、重厚な書物を2022年12月に発売しようとしている。

 

 テーマはずばり、中国スポーツ界のドーピング問題だ。

 

 

「薛氏は1956年、砲丸投げで青少年ユースの全国記録を更新した、元アスリート。1963年に北京体育大学を卒業した彼女は、政府が育成をしていた第1期のスポーツ専門ドクターとして、中央人民政府体育運動委員会(現在の国家体育総局)に入りました」

 

と語るのは、中国事情に詳しいジャーナリストの初田宗久氏だ。

 

「体育運動委員会に入局した後は、国代表の陸上チーム、男女のバスケットボールチーム、女子バレーボールチーム、体操チームなど、11のナショナルチームの医療を監督するリーダーを担当していました。しかし、1970年末に中国共産党が主導したドーピング推奨の波により、彼女の順風満帆なキャリアは一変しました」

 

 中国当局が正式に薬物使用によるドーピングを提起したのは、1978年10月11日のことだったという。

 

「こうした記録は、彼女がこれまで複数のメディアに証言してきた内容によるものです。彼女は、仕事の日誌を合計68冊も書いていたので、中国スポーツ界がどのようにしてドーピングに手を染めたのか、克明にわかるようになっているんです」

 

 当時は、まだ検査方法なども未発達だったため、世界的にドーピングが横行する時代だった。

 

「『海外の選手は興奮剤などを使って、素晴らしい成績を上げている。だったら、中国選手も使っていいだろう』というのが当時の理屈でした。政府はフランスに医師団を派遣し、選手に薬物を投与する方法を学びました。それを持ち帰り、全土で青少年を含む多くのアスリートに興奮剤などの薬物を投与し始めました」

 

 そんななか、薛氏とごく少数のドクターだけが、ドーピングに反対し続けた。

 

「当然、“反対派”は孤立していきました。彼女は迫害を受けながらも、かろうじて体操チームのドクターを担当させられていました。当時の体操チームには、1984年のロサンゼルス五輪で金メダルを獲り、『体操王子』として国民的英雄だった李寧選手や、同じく金メダルを獲得した楼雲選手など、スター選手たちが在籍していました。彼女は李寧の専門ドクターに指定され、1988年のソウル五輪の際、彼に興奮剤などの薬物を打つよう、上層部から圧力をかけられました」

 

 しかし、薛氏は薬物の使用を拒否した。その結果、彼女はナショナルチームから外され、その後は、数十年にわたり、当局から迫害を受けることになる。

 

「たとえば2007年には、体育総局の人間が彼女の家に来て包囲、手術を終えたばかりの彼女の夫は治療の妨害を受け、同年12月に亡くなりました。また、彼女の長男で芸術家の楊偉東は、国家体育総局に抗議をした罪で逮捕されました。

 

 さらに、2008年の北京オリンピックのときには、国家体育総局は、70人の職員を“慰問”と称して彼女の家に派遣し、中国のドーピングスキャンダルについて、口をつぐむように要求しました。

 

 2016年に彼女は重い病気を患いますが、北京の大病院はことごとく彼女の診察を拒否。これもなんらかの圧力が背景にあると推測できます。そして結局、2017年に長男の楊偉東と、その妻の3人でドイツに亡命。このとき、68冊の日誌も持ち出したのです」

 

 この日誌を元に薛氏は、告発本『中国毒品(China Doping)』を出版しようとしている。だが、当局からは現在も、出版を中止するために多くの“圧力”が加えられているという。

 

「国家安全局は彼女に、発言をしないように警告を出していますし、海外まで職員を派遣し、この出版を阻止しようと嫌がらせをおこなっているようです。中国国内に残る家族にも圧力をかけており、北京に残る彼女の自宅は強制接収されようとしています」

 

 中国政府がそれほど恐れる“暴露本”の中身はどんな内容になるのだろうか。薛氏は2012年、豪州メディア「Sydney Morning Herald」の取材で、

 

「アスリートは11才からドーピングを強制されており、ドーピングに関わったのは1万人を超えるでしょう。80年代、90年代の中国が獲得した国際大会、オリンピックのメダルは、ほぼ薬物に頼っていました。当時のメダルはすべて剥奪されるべきです」

 

と語っている。初田氏が続ける。

 

「薛氏によれば、薬物使用はサッカー、陸上競技、水泳、バレーボール、バスケットボール、卓球、飛び込み、体操、ウェイトリフティングなどにまで広がり、スポーツ選手たちはみんな薬を飲まされていたそうです。とくに有名選手では、李寧選手などの体操選手や、80年代の中国女子バレーボールの中心選手で、2016年には監督としてリオ五輪で金メダルに導いた郎平女史などの名前も挙がっています。

 

 薛氏は『1978年、文化大革命が終わったばかりで、食べ物も十分にない中国は、自国のスポーツ選手が海外選手と競り勝つために、興奮剤などの薬物に頼る方法を取りました。当時、20歳前後だった郎平選手が、それを拒否できるわけがありません』と、語っています。

 

 さらに、彼女はドーピングそのものの危険性にも警鐘を鳴らしています。『興奮剤などの過度の使用は、人体の肝臓、脳、心臓機能などを損傷します。女性の場合は、身体の男性化が起こり、子供が産めなくなる恐れがある。男性にも生殖機能の萎縮などの問題が起こる危険があります。しかしほかのチームドクターは気にせず、“特殊なサプリメント”などと言って、全国の青少年向けの体育学校にまでドーピングを広めていました』ということです」

 

 薛氏が間近でドーピング問題を目の当たりしたのは、おもに80年代から90年代。ただ、中国スポーツ界の“薬物汚染”は決して過去の話ではない。

 

「2016年のリオデジャネイロ五輪競泳女子100mバタフライで4位だった陳欣怡選手は、ドーピング検査で禁止薬物の利尿剤『ヒドロクロロチアジド』の陽性反応を示し、五輪参加資格を取り消されました。

 

 もっとも有名な選手では、2012年のロンドン五輪、2016年のリオ五輪で合わせて3つの金メダルを獲得し、当時、次々に世界記録を樹立した孫楊選手です。中国の国民的スーパースターの彼も、2014年11月に中国国内の大会のドーピング検査で、興奮剤の『トリメタジジン』の使用が発覚。3カ月の出場停止処分を受けました。

 

 中国では長年、スポーツで“金メダル”を手にすることは、国威発揚のための重要な手段となっていました。才能ある選手には過大な期待がかけられる一方、結果を出せなかった多くの選手は“落ちこぼれ”になり、社会復帰すら難しい状態になります。

 

 さらに、もし金メダルを取ったとしても、引退すれば忘れられます。かつて獲得したメダルや当時の写真を沿道で並べて人々の関心を引き、生活の糧にする選手までいるそうです。誰のための、何のためのスポーツなのか。考え直すべきでしょう」

 

 だが、中国当局の薛氏への態度を考えるに、習主席がスポーツ界の変革を指示するとは、到底思えない。

 


( SmartFLASH )

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