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岸田首相が進める「退職金」優遇見直しに意見さまざま「庶民狙い撃ちの増税」「賃上げにつながる」専門家の見方も二分
社会・政治FLASH編集部
記事投稿日:2023.05.03 11:00 最終更新日:2023.05.03 11:00
政府は4月12日、労働市場改革の論点をまとめ、退職金への課税の軽減措置を見直す方針を明記したと、Bloombergが報じた。
現在、退職金にかかる税金については、
(1)分離課税(ほかの所得とは別に税額を計算)
(2)退職所得控除
(3)退職金から退職所得控除額を引いた半分への課税
という3つの優遇措置がとられている。
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退職金にかかる税金を単純計算すると、
「(退職金の額-退職所得控除額)×2分の1×税率-控除額」
となる。
退職所得控除額は、勤続年数が20年以下の場合は40万円×勤続年数(1年未満切り上げ)で求められ、たとえば同じ会社に19年3カ月勤務した場合の控除額は800万円で、仮に退職金が800万円以下の場合は、課税退職所得が0円となり、税金はかからない。
勤続年数が20年を超えると、退職所得控除額は1年ごとに70万円と増額される。たとえば大卒で定年の60歳まで38年間勤めた場合は、800万円+70万円×(勤続年数-20)で、2060万円が控除され、退職金が2000万円であれば無税だ。
政府は、今回の見直しの目的を、生産性の高い分野への転職の促進や、終身雇用などの日本型の労働環境の改革としている。
しかし、その主張は、増税のための口実だと、税理士の鈴木まゆ子氏は見る。
「1つの会社に長く勤務する時代は終わり、現在、転職がめずらしくない状況となっています。そういう点から見ると、時流にそった退職金課税のしくみに変えるという趣旨はなるほどと思います。
ただ、ここ最近の税制改正の流れを見ると、増税の傾向が続いています。軽減措置の実態は、財源を確保し増税するための言い訳に過ぎないと私は見ています。
20年超勤続した人に対する軽減措置の見直しは、実質増税です。1つの会社に20年を超えて勤めて定年退職する60代には、影響が大きいと思います。
高齢になれば、どうしても医療費がかさみます。最近は物価高で生活は苦しくなる一方です。しかし、もらえる年金はそう多くありません。年金だけで生活できず、アルバイトをする高齢者も少なくありません。そんな状況でもらえる退職金が減れば、老後の生活がこれまで以上に苦しくなる可能性があります」
見直し案を「庶民をターゲットにした増税」とするのは、経済評論家の森永卓郎氏だ。
「今回の見直しは、退職所得控除の見直しと言われています。普通のサラリーマンは退職所得控除の範囲内に退職金が収まるので今は無税ですが、そこから税金を取ろうという増税策です。
今回の大きな問題は、退職所得控除のみが議論され、計算式の『2分の1』(2分の1軽課)の部分が見逃されていることです。高額の退職金を得る天下り官僚や外資系金融機関のインベストメントバンカーは、この2分の1軽課のおかげで莫大な税逃れをしています。
統計では、定年退職金が相対的に高い大卒管理技術職で平均2280万円なので、40年勤めたとすると退職所得控除は2200万円となり、残る金額は80万円に過ぎません。もちろん2分の1軽課を廃止すれば増税になりますが、その影響はわずかです。
一方、10億円の退職金をもらう人にとっては、2分の1軽課を廃止すると数億円の増税になります。退職所得控除を大きく超える退職金を得ているのは、公務員と一部の大企業勤務者です。
つまり、今回の案は天下り官僚やインベストメントバンカーの利権を維持して、庶民をターゲットにした増税策ということになります。不公正税制の象徴である2分の1軽課はやめるべきだということです。労働移動と退職金税制はほとんど関係がないと思います。増税のための単なる口実です」
一方、関西学院大学経済学部教授の上村敏之氏は、「優遇見直しは賃上げにつながる」と語る。
「退職金の考え方については諸説あり、『後払い賃金』だと解釈すると、退職金課税を強化するということは、賃上げにつながります。
庶民への増税だという批判があるのも理解できますが、ただ、優遇が見直されれば必ず労働組合は『先に賃金を渡せ』という要望をするはずですし、企業側も税金を払うくらいなら賃上げをするほうが合理的と考えるはずです。
給料を後で渡すのか、今渡すのかの違いだけで、賞与も含めて早い段階で所得を渡そうという動きにつながってくると思います。
今は普段の給料よりも退職金のほうが税制上優遇されているので、退職金を受け取るために会社を辞めないという選択をする人も多いですが、退職金課税が強化されると、その企業に長くいる理由はないので、雇用の流動化にもつながります。
現在の制度でもう一つ大きな問題は、企業の中に生産性が低い人たちがたくさん滞留してしまっていること。そこをきっちり動かしていかないといけない。
さらに残念なことに、その人たちがいることによって、じつは若い人たちの賃金が下がっているんです。年功序列もそうだし、退職金の仕組みも勤続年数が長いほど『乗数(掛ける数)』が上がっていくので、生産性が低い人たちのところに給料も、退職金も多く払われてしまいます。
そこは世代間で適切に配分しないといけない。スキルの高い若い人たちにきっちり給料を渡すという仕組みに改めて、企業の生産性全体を上げていかないといけません」
明治大学教授でエコノミストの飯田泰之氏は、「退職金改革は増税ではない」という。
「まず、優遇税制がなければ、各企業は退職金制度を採用しないはずです。企業が損してしまいますから。ある年に所得が偏ると累進課税されるため、優遇がなくなれば普通の所得として労働者は受け取ろうとするでしょう。
企業も税金として払うくらいならば、労働者の手取りを増やそうとするはずなので、退職金制度を維持する意味が薄れる。退職金はこの優遇税制があってこそ成り立っているのです。
また、優遇措置が廃止された直後は、必ず特別措置が取られます。各企業は退職金制度自体を見直すことになり、その際、会計で言う『割引現在価値(将来得られる価値を現在の価値に計算し直したもの)』を使って、現在の給料や一時金に上乗せします。
退職金の制度が変わっても今と同様に払っていたら、税務署しか喜ばないわけで、そんなことを労使ともに許すはずがありません。
ですから、退職金の改革というのは、増税ではありません。企業は退職金という名目で払わなければいいだけで、簡単に租税回避できるのです。
租税回避が容易なのには意図があって、政府が企業に退職金制度を縮小してもらい、人材の流動性を活発にして、生産性を上げたいと考えているからです。なので、退職所得控除を見直すことは非常に望ましいことだと思います。
退職金優遇制度の廃止が求められるいちばんの理由は、優秀な社員が生産性の低い、業績も下がっている会社に張り付けられていることです。
本来であれば、会社を移ればその人はもっと大きい仕事ができるのに、たとえば定年まであと10年で、そのぶんの退職金を損するくらいならこのままでいいかと判断する。私はそれを『退職金を人質にとられて働いている』と表現します。
また、会社が嫌で嫌でしょうがなく、満足度が低いけれども退職金があるので、苦しいけれど勤め続けるという人もいて、これはQOL(生活の質)の阻害です。だから、労働移動の円滑化のために、退職金制度はもっと縮小されるべきです」
今回の見直しで、仮に退職所得控除が一律40万円となり、勤めている会社がなんの措置も取らなければ、退職金が2500万円の人で約30万円超の増税となる。
退職金を含めた労働市場改革の政府方針は、6月までに示されると報じられている。優遇措置はどの部分が見直されるのか、各企業は迅速に特別措置を取るのか――すべての労働者が気になるところだ。
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