12歳のタイ人少女が働いていたマッサージ店が入る、東京都文京区のビル。(写真・共同通信)
東京・文京区の個室マッサージ店で、わずか12歳のタイ人少女が性的サービスを強要されていた事件は、日本社会を震撼させた。少女は母親とともに来日し、店側に引き渡されたと見られ、母親に対しては日本とタイ双方から逮捕状が出ている。この出来事は、国際的な人身取引ネットワークの影が、わが国にも及んでいることを示唆している。
「これは氷山の一角です。人身取引は “遠い国の話” ではなく、日本でも起きています。しかも、先進国のなかでも発生件数は多く、悪いほうの部類に指定されています」
こう語るのは、有志による外国人支援グループに所属する尾家康介弁護士だ。そもそも人身取引とは、性的搾取や労働搾取を目的として、暴力や詐欺などの手段で人を支配し、売買や移送をおこなうことを意味する。
「人身取引は “現代の奴隷制度” とも呼ばれます。古典的な形態は依然として残っていますし、サイバーポルノや特殊詐欺など新しい形態も現れてきています」(尾家氏、以下同)
今回の事件は性的搾取だが、世界では労働搾取も同じく深刻だ。日本では、技能実習制度が国際的に問題視されており、米国の「人身取引報告書」でも「強制労働につながっていると」などと毎年指摘されている。
ではなぜ、日本でこうした犯罪が起きるのか。背景には、世界的に特異な性産業の発展、若年層への性的嗜好などの文化的な事情、貧困やブローカーの暗躍などさまざまな要因が絡み合っている。さらに、日本の制度には大きな穴があるという。
「検挙件数は年間で多い年でも100件程度。しかも人身売買罪での処罰はほとんどありません。実際は人身取引に該当するのに入管法違反など周辺罪で処理されることが多く、執行猶予で終わるケースもあります」
こうした現実は、じつは私たちの生活圏に潜んでいる。風俗店で働かされる外国人女性、劣悪な条件で働かされる技能実習生や留学生、特殊詐欺の強制など、すべて身近で日々起きている。
「空港に貼られた人身取引の啓発ポスターを見たことがあると思います。でも、日本では “遠い国の話” と思われている。実際は、私たちの住む街で起きているんです」
今回の事件では、少女は店の台所の隅で寝泊まりし、33日間で60人の男性に性的サービスを強要された。報酬は母親名義の口座に送金され、残りは店が取った。尾家氏は「こうした古典的なやり口は今も残っている」と語る。
2016年には、カンボジア人女性7名が、日本人男性らから「日本の飲食店で勤務すれば高収入を得られる」と勧誘されて来日したものの、温泉街に連れて行かれて売春を命じられた。女性たちは後に保護され、加害者らに対して損害賠償等を求めて提訴。2024年に東京高裁が請求を認め、加害者らに対して総額715万円の支払いを命じる判決が確定している。尾家氏は同訴訟を担当した1人だ。
人身取引を防ぐため、尾家氏は、制度改革と意識の転換を強調する。
「人身取引は、あなたの隣で起きている。この意識を持つだけで加害者は活動しづらくなるし、被害者を救える可能性が高まります。制度面では、長期滞在ビザの拡充や警察・入管による被害者の積極的な認定が不可欠です」
海外では、飛行機で不安そうな少女を見て通報し、救われた事例もある。そうした目と通報の心がけが求められるわけだ。
じつは、これまで日本は人身取引の「目的地国」とされてきたが、近年では変化が見られる。
「これまで日本は人身取引の最終目的地となっていましたが、いまでは日本人が海外で買春や詐欺に巻き込まれるケースも増えています」
自分や自分に近しい人が、海外で被害にあうリスクが、昨今、大きく高まっている。日本で外国人を守るという視点は、自分たちが外国で守られることに通じている。そのことは重々忘れないようにしたい。
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