
現在は、性暴力被害者支援団体「PCASA JAPAN」の代表理事としても活動する塚原たえさん
性被害をめぐる法整備が不十分だった40年以上前、山口県出身の塚原たえさんを苦しめたのは、実父から繰り返される凄惨な性暴力と虐待だったーー。矛先は11カ月下の弟、4歳下の妹にも及び、最愛の弟は29歳という若さで自ら命を絶った。
50歳で複雑性PTSDと解離性症状を診断された塚原さんは2023年、各メディアで実父を実名告発。そしてついに民事訴訟に踏み切り、7月29日には初公判がおこなわれるという。そんな塚原さんの壮絶な半生と、訴訟に懸ける思いを聞いた。
小学6年性で強姦され、母親との“レズプレイ”、妹と自分を四つん這いにさせての“交互挿入”など、父から数々の壮絶な虐待を受け、心身ともにボロボロとなった塚原さん。保護施設で暮らしていた16歳のとき、最愛の夫に出会い、初めて“感情”を取り戻した。だが、塚原さんはそこでさらに悲劇に襲われたーー。
「父の子供を妊娠してしまったんです。私はまだ未成年でしたから、施設を出て夫と同棲を始めるためには、実父の許可が必要だと施設の人に言われました。そこで仕方なく江戸川区の父親のアパートを訪れた際、レイプされたんです。
妊娠が発覚したときは夫の子供なのか父親の子供なのかわかりませんでしたが、結局、お義母さんの家で妊娠4か月で流産しました。トイレで赤ちゃんが出てしまって、私は救急車で運ばれました。流産した時に病院の先生から、『排卵の時期と妊娠4ヶ月の流産は赤ちゃん側の原因で流産するから、お父さんの子どもで間違い無いと思うよ』と言われました」
当時、塚原さんは父から言われた忘れられない言葉があるという。
「ある日突然、父親に夫と一緒に車にのせられ、“拉致”されそうになったことがあったんですよ。どこに向かおうとしていたのかわかりませんが、その車中で父に言われた言葉がいまだに忘れられません。問い詰めるように父は『男2人を手玉に取って楽しいか』って言われたんですよ。私のことを娘じゃなくて、“自分の女”だと認識していたんです。あまりに異常ですよね」
“父の子を流産する”という衝撃的な経験を乗り越え、7人の子どもに恵まれた塚原さん。育児に奮闘するなか、30歳のときに突然の知らせを受けることになった。
「まず妹から電話が来て、『たえちゃん、落ち着いて聞いてね』『兄ちゃんが死んじゃった』と言われました。最初は何を言っているのか分からなかったんです。でも、どこか心当たりもあったので、『ああ、そうか』という気持ちもありました」
当時の状況について、塚原さんは今でも鮮明に覚えている部分と、混乱の中で抜け落ちている部分があるという。
「縁もゆかりも無い、四国の土地で練炭自殺をしたそうです。葬儀の時に初めてしったのですが当時、弟には妻と3歳と5歳の2人の子どもがいました。
普通なら家庭を築いて幸せそうに見えるじゃないですか。でも、私にはそう見えなかったんです。10代の頃、埼玉の施設を出て、働いていた弟が彼女を連れてうちに来たことがありました、その時の接し方を見て『この子、普通の男性として生きづらさを抱えているんだ』と思いました。彼女が弟に腕を組んできても、すごく嫌そうな顔をしていたんです。父親にされたことをずっと引きずっているんだろうなと思いました。
子どもが2人いると知った時も、『無理したんじゃないかな』と感じたんです」
塚原さんが弟と最後に会ったのは、29歳の時だった。突然、父親が再婚した妻と弟夫婦を連れて自宅を訪れたのだという。
「その時に、弟が父親の会社で働いているということを聞かされました。弟とは『たえちゃん元気?』と2、3分話しただけでした。本当にすぐ帰ってしまってゆっくり話をすることもできませんでした。
もしかしたら、弟はその時もまだ父親から性虐待を受けていたんじゃないかと疑っています。父親は女性も男性も関係なく手を出しましたから。
海外の研究でもあるんですけど、女児と男児で、父親など親族から性虐待を受けた場合、自死を選ぶ確率は男の子のほうが断然高いんです。男の子って、ある程度大きくなると父親の背中を見て、同じようになろうとするところがあるじゃないですか。弟は、自分に子どもが生まれて、自分が子どもたちに同じことをしてしまうんじゃないかという恐怖があったんだと思います。だから、自死を選んだんじゃないかと。弟の一周忌に、奥さんは来ませんでした。もしかしたら、弟はたぶん奥さんにも、自分がどんな経験をしてきたのか、一切話せていなかったんだろうと思います」
その後、およそ20年にわたって父親が接触してくることはなく、塚原さんは家族との穏やかな暮らしを取り戻していた。しかし、その日常は2021年、一通の手紙によって再び揺らいだという。
「その日は夫とデートに出かける日でした。知らない名前で手紙が届いていたので後で確認すると、父親からだったんです。3度目の結婚で婿養子に入り、名字が変わっていました。手紙には遺産相続のことが書かれていて、電話をかけるようにとありました。
その時点では、“過去のこと”を掘り返すつもりはありませんでした。でも、2、3カ月後に電話をした時、弟の自死の話をすると『弟は死んでもいいけど、たえちゃんが死ぬのは嫌だよ』と言われたんです。
その一言で、この人は絶対に許さないと決めました。弟を死に追いやったのは父親なのに、『死んでもいい』と言い放った。その言葉だけは、どうしても許せなくて裁判を決意しました」
裁判を決意したものの、大きな壁となったのが時効だった。塚原さんの被害は33歳の時点で時効が成立していた。
「一番苦労したのは、何と言っても弁護士さんが見つからないことでした。時効などの理由で、10人では足りないくらいの弁護士さんに断られました。
そんな時、Xのフォロワーさんから『福永活也弁護士に相談してみては』と勧められたんです。相談したところ、すぐに『弁護します』と言ってくださって、それまでの数年間が何だったんだろうと思うくらい、あっという間に話が進みました」
裁判に向けて、塚原さんは自ら児童相談所などに開示請求を行い、証拠を集めた。実母と妹にも証言を依頼したが、協力は得られなかったという。
「妹は清瀬の児童養護施設に入った後、母親に引き取られました。今は2人とも九州で、それぞれ飲み屋のママをしています。
弁護士さんを探していた頃、母親には最初に『裁判で証言してほしい』とお願いしました。でも『恥さらし』と言われました。妹には『あの時誰も助けてくれなかったのに、今さらそんなことを言ってどうするの』と言われてしまいました」
それでも塚原さんは歩みを止めなかった。3きょうだいの尊厳を取り戻すため、そして同じような被害に苦しむ人たちが声を上げられる社会を願い、法廷に立とうとしている。
「もちろん、訴える以上勝ちたいとは思っています。でも、勝敗という結果よりも父と向き合い、父のしたことを突きつけ、謝罪を求める。まずここからだと思っています。私は今でも人混みが多い場所ではパニックを起こしてしまいます。また、父によって“行水”と称して無理やり湯舟に顔を突っ込まれた虐待のせいで、いまだに夫と一緒じゃないと湯舟に入るのが怖いし、ひとりでシャワーを浴びるときは、浴室のドアを開けっ放しにしないと駄目なんです。。また、睡眠中に無意識のうちに自分の顔を強く握りつぶそうといしたり、ベッドから落ちて暴れるなどの解離症状も起きています。
この傷が癒えることはないと思います。でも、逃げずに父と闘うことは、亡くなった弟のためにも大切なことだと考えてます」
現在は、性暴力被害者支援団体「PCASA JAPAN」の代表理事として相談支援にも取り組む。その活動のなかで、塚原さんがとくに伝え続けていることがある。
「ひとつは『証拠保全の方法』です。性被害に遭ったら、できるだけ早く警察へ行くのが望ましいと言われます。でも、実際にはすぐ動けない人のほうが多いですよね。だからこそ、自分で証拠を残す方法を知ってほしいんです。
家にあるジップ付き保存袋とコットン、油性ペンがあればできます。例えば胸を舐められたなら、その部分をコットンで拭き取り、保存袋に入れて密封し、日付や『胸を舐められた』など何があったのかを書いておく。精液や血液が付着している場合も同じです。そうしておけば、後から警察や弁護士に提出することができます。
被害に遭うと、一刻も早く体を洗い流したいと思うものです。お風呂に入っても構いませんが、落ち着いたら保全した証拠を持って警察へ行ってほしいんです。
とくに性虐待を受けている子どもたちには、この方法を知ってほしい。児童相談所に保護されても、『証拠がない』という理由で家に戻されてしまうケースがあります。私自身もそうでした。でも、自分で証拠を保全できれば、警察や弁護士につなげられるかもしれない。そのためにも、一人でも多くの人に知ってもらいたいと思っています」
もうひとつ、力を入れているのが「ヘルプカード」の普及だ。
「チラシではなく、カードにしたのには理由があります。チラシだと加害者のいる家に持ち帰れば捨てられてしまって、子どもの手元に残らないことが多いからです。
置いてほしいのは、手洗い場ではなく、お手洗いの個室です。便座に座った時、子どもの目線の高さにカードがあれば、誰にも見られず手に取ることができます。性被害に遭っていることを知られたくない子もいますし、相談できる相手がいない子もいます。だからこそ、個室だけは誰の目も気にせずカードを手にできる場所なんです。
カードには『タイミングを見て電話してきてね』というメッセージと、私の連絡先をすべてひらがなで書いています。困った時に、すぐ私につながれるようにしたい。そのために、このヘルプカードを一人でも多くの子どもたちへ届けたいと思っています」
塚原さんの取り組みは、声を上げられずにいる被害者たちの未来にもつながる一歩となっている。
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