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桑田真澄氏、巨人退団の“真相激白”で球団と決別宣言…「僕といるとやりづらい」指摘した人物を明かさずとも浮かび上がる“背景”

スポーツ 記事投稿日:2026.09.03 18:26 最終更新日:2026.09.03 18:26

桑田真澄氏、巨人退団の“真相激白”で球団と決別宣言…「僕といるとやりづらい」指摘した人物を明かさずとも浮かび上がる“背景”

桑田真澄

 

 巨人で一時代を築き、現在はオイシックスのチーフ・ベースボール・オフィサーとして活動する桑田真澄氏。そんな“レジェンド”が衝撃の告白をおこなったのは、8月30日放送の『生島ヒロシの日曜9時ですよ~』(文化放送)でのことだった。

 

 この日ゲストとして迎えられた桑田氏は、2025年に巨人の2軍監督としてイースタン・リーグの優勝に導きながら、退団に追い込まれた舞台裏を明かしたのだった。

 

 自身は実績も残し、続投にも意欲を持っていた。実際に「じつは『来年も頼む』って言われてたんです。そのつもりでいたし、喜んでやるつもりでいたんです」と明かした。ところが、1軍がセ・リーグ連覇を逃したことで球団が急遽、方針を転換。桑田氏はフロント入りを打診された。この人事に関して、「突然、ユニホームを脱いでくれと言われたんです。何かあったんですか? と聞いたんですが、僕がいるとやりづらいっていうことだったらしいです。それが理由であれば僕がいる意味がないですよねって言って辞めたんですけどね」と赤裸々に心境を漏らした。結果として、2025年10月28日に退団している。

 

「番組のなかで『やりづらい』と指摘してきた人物の名前は公言しませんでしたが、当時、1軍監督だった阿部慎之助氏を指していることは間違いないでしょう。もともと、指導法がまったく違っていましたから。理論派の桑田氏に対し、阿部氏はスパルタ派でしたからね。まるで水と油のような関係。1軍と2軍で指導法がこれだけ違ったら、うまくいくはずはありません。

 

 また、これらの交渉の舞台裏を漏らしてはいけないことは、当然のことです。それを放送内でここまで話したということは、桑田氏には相当の覚悟があったということでしょう」(スポーツ紙巨人担当記者)

 

 もっとも「桑田氏が巨人の方針に逆らったことは、これが初めてではありません」と続ける。

 

「桑田氏は2006年4月13日の広島戦で600日ぶりの勝利を挙げましたが、これが巨人での最後の白星でした。その後、試合中のケガもあり、2軍で調整していましたが、その後は一切1軍の首脳陣から声がかからなかった。桑田氏は、ここが引き際と感じ、当時の巨人2軍・吉村禎章監督に『シーズン終盤のジャイアンツ球場での2軍戦で投げさせてほしい』と懇願したわけです。ところが球団側の態度がはっきりしなかったこともあり、球団公式ホームページ内の自身のページ『LIFE IS ART』で、退団と2軍戦登板を示唆する内容の文章を掲載したのです。許可を得ずに掲載したこともあり、球団側も困惑し、激怒したと伝えられました。

 

 今回の一件は、巨人との決別を決意したから告白したのかもしれません」

 

 巨人2軍監督を追われた桑田氏は、オイシックスでの仕事とともに、侍ジャパンU-12日本代表の監督も兼務。8月に開催された「第12回 BFA U12アジア選手権」の決勝では、大会2連覇中の台湾に3-0の完封勝利し、10年ぶり2回めの優勝を飾った。さっそく結果を出している。

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出典元: SmartFLASH

著者: 『FLASH』編集部

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