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アントニオ猪木vsマサ斎藤「巌流島決戦」から39年…東京駅で猪木に「マサさんはお元気ですか」と声をかけた皇族とは

スポーツ 記事投稿日:2026.10.05 17:40 最終更新日:2026.10.05 17:40

アントニオ猪木vsマサ斎藤「巌流島決戦」から39年…東京駅で猪木に「マサさんはお元気ですか」と声をかけた皇族とは

プロレスラー アントニオ猪木さん(10月1日没 享年79)

 

 10月4日。この日になると、必ずといっていいほどプロレス好きの間で盛り上がる話題が、今から39年前の1987年10月4日、山口県下関市の巌流島でおこなわれたアントニオ猪木とマサ斎藤の“伝説の死闘”だ。

 

「巌流島は、山口県下関市の関門海峡に浮かぶ無人島で、1612年4月13日に、宮本武蔵と佐々木小次郎が決闘をおこなった場所としてあまりにも有名です。1987年10月4日、その巌流島で、アントニオ猪木vsマサ斎藤の『無観客・時間無制限・ノールール』での試合がおこなわれました。

 

 島への上陸を許されたのは、マスコミ関係者と立会人をつとめた山本小鉄さん、坂口征二さん、新日本の若手選手のみ。斎藤選手と猪木選手には、それぞれにテントが設置されるなか、2人はボートに乗って時間差で島に上陸。立会人の山本小鉄さんが16時半に試合開始を宣告しましたが、両雄がリングに上がって試合が始まったのは17時過ぎでした。

 

 猪木選手と斎藤選手は島の真ん中に置かれたリング上のみならず、草しか生えていない島の上でも縦横無尽に激闘を展開。暗くなると篝火が焚かれ、暗がりのなかでタイツ姿の2人が闘う様は、まさに決闘といった雰囲気でした。結果、2時間5分14秒の壮絶な流血戦を、猪木選手がTKO勝ちで制しました」(スポーツ紙記者)

 

 これがいわゆる猪木vs斎藤の「巌流島決戦」であり、試合翌日に特番『ワールドプロレスリングスペシャル』(テレビ朝日系)で録画放送された。あれから39年が経った2026年10月4日、X上には

 

《プロレス大好きで発売されたばかりのビデオデッキを買ってプロレスを録画してました》

 

《向こうの世界で猪木さんとマサさん「今日は巌流島で戦った日だな」って会話してたりして》

 

 など、当時を懐かしむ声が多く寄せられた。当事者であるアントニオ猪木は、後年、この試合の後日談を披露。ある皇族から声をかけられたことを明かしている。

 

「2018年7月にマサ斎藤さんが亡くなった際、猪木さんは、マサさんにまつわる思い出話をしています。それによれば、猪木さんはマサ斎藤さんとの巌流島決戦が終わったあと、偶然、東京駅である皇族に遭遇。その方から開口一番、『マサ斎藤さんは、お元気ですか?』と声をかけられたそうです。この“皇族の方”というのが、秋篠宮文仁親王だったそうです。おそらく秋篠宮さまは巌流島決戦をご覧になっていたのでしょう。

 

 実際、秋篠宮さまはイギリス留学中には現地のプロレス会場にも足を運ぶほどプロレスがお好きだったようで、2019年には、新日本プロレスの元リングアナウンサー、田中ケロさんがXで秋篠宮さまと遭遇した際のエピソードを明かしています。田中氏によれば、このときは外国人選手と秋篠宮さまが同じ新幹線だったようで、秋篠宮さまは、そのなかにいたマサさんの前で立ち止まると『マサ斎藤さんでいらっしゃいますね。いつも観させていただいてます。これからも頑張って下さい』とマサさんに声をかけたといいます。マサさんは直立不動で『ありがとうございます』と返したそうですが、この2つのエピソードから、秋篠宮さまがマサ斎藤選手のファンだったのではないかと推察されます」

 

 秋篠宮さまをも釘付けにした、今は亡きマサ斎藤とアントニオ猪木の「伝説の巌流島決戦」。その闘いは10月4日が来るたびに、この先も語り継がれていくのだろう。

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出典元: SmartFLASH

著者: 『FLASH』編集部

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