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村中璃子「WHOの役割は終わった」知られざる国連組織のお役所事情

バラエティFLASH編集部
記事投稿日:2020.08.28 16:00 最終更新日:2020.09.02 18:55

村中璃子「WHOの役割は終わった」知られざる国連組織のお役所事情

 

 2019年、中国の武漢で発生した新型コロナウイルス(COVID‐19)は、2020年に入ると目に見える形で世界へ広がり始めた。4月には中国の習近平国家主席の国賓としての訪問を、夏には東京オリンピック・パラリンピックを控えていた日本でも、やがて武漢に起源をたどれない患者の報告が相次ぐようになり、国内流行が始まった。

 

 中国の外で初めて患者が報告されたのは、2020年1月13日のこと。1月8日に中国の武漢市からバンコク近郊のスワンナプーム空港に到着し、ウイルスが検出された中国人観光客の61歳女性だった。

 

 

 続いての報告は、1月16日、日本からだった。神奈川県に住む30代男性だった。1月6日に中国の武漢から帰国後、同日のうちに日本の医療機関を受診。1月10日に入院し15日に退院していたというが、感染源と疑われてきた武漢の海鮮市場への訪問歴がなく、患者との濃厚接触が疑われたことから、中国政府がそれまで否定してきたヒトからヒトへの感染が否定できない状況となった。

 

 1月17日、イギリスの研究グループが、「大騒ぎするには早いが」と前置きしたうえで、中国政府の発表していた約200名という患者数は流行を過小評価している可能性があり、推定患者は1700人にのぼることを緊急報告した。

 

 さらに、タイから2例目、韓国からも患者が報告されると、中国の研究チームはようやく「ヒト‐ヒト感染」を公式に認める声明を出した。2020年1月20日のことだった。

 

 この後、WHOが緊急会議を招集するというニュースが入った。

 

 その時点で分かっていたことはあまりにも少なかった。よって、議論は情報共有のあり方やパンデミック宣言の是非に集中し、具体的な対策が出てこないことが懸念された。

 

 誰も書かないので書くが、WHOが国際機関の官僚主義的な性格から、非常に大事な一点を中国に指摘することをためらい続けていたことも問題だった。

 

 それは武漢の市場のことだった。

 

 野生動物を生鮮市場で取り扱えば、ウイルスは異なる宿主を行き来して遺伝子を変異させ、新型ウイルスの出現を許すことが以前から指摘されていた。

 

 SARSがその典型例だった。
 SARS以降、国際機関は中国に野生動物を生鮮市場で取り扱わないよう求めてきたが、今回の新型コロナ肺炎で、中国の市場は当時とまだ似たような状況であったことが露呈した。

 

 ではなぜ今回、真っ先にWHOが再度その指摘をしないのかといえば、中国への忖度もさることながら、生鮮市場の衛生管理はWHOの管轄ではなく、FAO(国際連合食糧農業機関)だからという国連組織のお役所事情があるのだ。

 

 人畜共通感染症であるコロナウイルスのような病原体は、SARSしかり、鳥インフルエンザしかり、獣医学の専門家やFAOという家畜や食肉を扱う機関との協力によってはじめてコントロール可能となる。

 

 WHOは、中国にプレッシャーを与えすぎて態度を硬化されても情報が得られなくなり、FAOマターに口を出しても協力が得られなくなる。そのことを理由に本当の意味でのイニシアティブは取らない。そして中国もまた、それを横目に十分な対策を取らないという悪循環が生まれていた。

 

 宿主は正確には分かっていないが、新型コロナウイルスの出現に野生動物が関与している可能性は濃厚だ。世界は、新ウイルスが出現してから検疫を強化したり、渡航を制限したりするだけでなく、平時からFAOとも連携して食肉や野生動物の取引についての国際ルールを徹底させるべきであった。

 

 1月22日、ヒト‐ヒト感染の報告を受けたWHOは、「国際的に懸念される公衆衛生上の緊急事態(PHEIC)」の宣言は見送ると発表した。1月23日、この日も筆者は、WHOの記者会見をウェブのライブで見ていたが、2日に及んだ緊急会議の結論は、またもや宣言を見送るというものだった。

 

 中国に気を遣った物言いといい、WHOの役割は終わったと感じた。

 

 もちろん、エボラや新型コロナのような人類未経験の感染症の対策に、正解はない。対策は、取り過ぎれば「無駄だ」と批判され、取らな過ぎれば「甘過ぎる」と批判を受ける。

 

 WHOの役割は終わったと感じたのは、国際的緊急事態(PHEIC)にあたらないという判断が間違っていると思ったからではない。宣言を見送るとして挙げられた理由のためだ。

 

 会見の中で、WHOは、「中国はよくやっている」という趣旨の発言を何度もくり返した。そして、「新型コロナは中国にとっては危機かもしれないが、国際社会にとっての危機ではない」ことを理由に宣言を見送るとした。

 

 テドロス事務局長が、「WHOは警察ではない。国権を超えて何ら力を行使できるわけではない」と漏らした点も印象的だった。

 

 本当に中国の国内マターで済むと判断していたのであればよいが、「WHOが緊急事態を宣言しようがしまいが何を言おうが、強制力はない。だから、中国も他の国も様子を見ながら対策は各自で決めてください」と言うのであれば、WHOは肝心の国際社会の調整役としての役割を放棄したことになる。

 

 

 以上、村中璃子氏の新刊『新型コロナから見えた日本の弱点 国防としての感染症』(光文社新書)をもとに再構成しました。WHOでアウトブレイクサーベイランスやパンデミック対策に従事した経験も持つ医師・ジャーナリストの著者が、新型ウイルスとの闘いを国防・外交の観点から捉え直します。

 

●『新型コロナから見えた日本の弱点』詳細はこちら

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