オンエア終了から15分後、優勝記者会見場にマヂカルラブリーが入ってきた。ひな壇に座る2人は、まだ優勝がピンときていないのか、高揚感をあまり感じさせない。会見冒頭も、なんだか形式ばった記者会見コントを見ているようだった。
しかし、質疑応答が進むうちに咀嚼できたのか、だんだんと回答が熱を帯びてくる。マイクの前にほとんど立たず、しゃべりもしない漫才のスタイルが賛否両論であることを自認する野田の口からは、「(今年の決勝は)いろんな漫才があったなと。優勝が僕らでよかったのかとも思うが、文句は言わせません! あれは漫才です、僕らの!」と力強い言葉も聞かれた。
オンエアの最後で「えみちゃん、やめないでー!」と叫んだことについて聞かれた野田は、冒頭で上沼が「審査員は今年で最後」と宣言したことに対する願いだと明かし、「今までは必ず1組、上沼さんに怒られるコンビがいたが、今年は誰も怒られなかった。その雰囲気からして、本当にやめてしまうのではないかと感じ、やめないでと叫んだ」と語った。
質疑応答を終え、写真撮影の時間に。緊張気味に並んでポーズ、が撮影の王道だが、2人は違った。会見を進行していたヒロド歩美アナウンサーが「今まで見たことのないトロフィーの持ち方ですね」と思わず声を発したほど、マヂカルラブリーらしく立ち振る舞った。
正統派でない漫才で優勝し、正統派でないポーズで会見を終えた新王者は、そこから次々とテレビや配信番組に出演。翌日も朝から各所で異色の漫才を披露し、迎える出演者たちの目を丸くしていった。
惜しくも準優勝となったが、ピン芸人同士が組んだユニット「おいでやすこが」の大健闘も、今年のM-1を象徴している。おいでやすこがは、恒常的に活動している正式なコンビではなく、芸歴20年のおいでやす小田と同19年のこがけん、2人のピン芸人が組んだユニットだ。
M-1グランプリは、毎年決勝の半月ほど前に準決勝がおこなわれる。進出組発表が終わるやいなや、全ファイナリストは揃って移動し、決勝当日に使われる写真やVTR、SNS素材などさまざまな収録・撮影を一気におこなう。その目まぐるしさを体験して、初めて「本当に決勝に行けたんだ」と実感するという芸人も多い。
筆者はM-1オフィシャルライターとして、毎年その場で代表取材を担当しているのだが、おいでやすこがの取材は他コンビの倍の時間を要した。正式なコンビではないため、公式の場で2人揃って話を聞かれること自体が初めてだったのだろう。
発表直後で興奮状態なことも相まって、回答が質問からどんどん脱線し、「あれ、いま何の話でしたっけ?」となり、全員で大笑いすること数回。そんな時間のなかで、2人の “コンビとしての骨格” が急激にできあがっていくのを感じた。そこからわずか半月での準優勝。これからの躍進にも期待がかかる。
今年のM-1グランプリは、裏番組も強力だった。フジテレビが国民的アニメ『鬼滅の刃』をぶつけてきたのだ。それでも決勝翌日に発表された視聴率は、M-1が5%以上も上回る高視聴率となった。Twitterのトレンドも、「#M1グランプリ2020」が終始1位を守り続けた。
これだけ大きなコンテンツに成長した以上、大会が終わっただけでは成功か失敗かを見極めることはできない。それでも、「『こんな時代だから』とはあまり言わず、当たり前のように開催してやろうと思っている」(桑山哲治プロデューサー)という決意のもとに開催されたM-1が、今年も当たり前のように開催された意義は大きい。
取材&文/松田優子