知可子はAの怒りを買い、予定していた次のシングルの候補曲を失った。そのため、急遽、アルバムからシングルを切ることになった。すると、さわやかなポップス調の『Live On The Turf』が、日本中央競馬会(JRA)のCMソングに起用されることになった。知可子が当時を振り返る。
「競馬場で7万人の観客の前で歌うイベントも決まって、レコード会社も、この曲で勝負だ! いけるぞ! という雰囲気になりました」
そこに「待った」をかけたのが岩永だった。岩永は、『会いたい』をシングルとしてリリースしたいと提案した。レコード会社の会議で熱弁を振るったが、参加者全員に反対された。Aとのトラブルが表面化したことで、岩永の立場は弱くなっていた。それでも岩永は、折れることなく何度も声を上げた。
「きっと、『会いたい』は沢田知可子の代表曲になります。必ずヒットします。お願いします」
岩永にとって『会いたい』は、絶対に当たる1等の宝くじだった。知可子の未来のためにも、「土下座する勢いで」(知可子)、上役たちに懇願した。岩永は覚悟を決めた。
「この曲を最後に、私は沢田の担当を外れます。さまざまな混乱を招いた責任を取ります。最後のお願いです。『会いたい』をシングルにしてください!」
岩永の熱意が会社の上層部を動かし、『会いたい』をシングルにすべきかどうか、トーラスレコード全社員、約50人による投票がおこなわれた。その結果、シングル化に賛成票を投じたのはわずかに3人。ひとりは岩永本人。もうひとりは宣伝部の男性社員。そして、五十嵐泰弘社長だった。社長の鶴の一声で、シングル化が決まった。
果たして、『会いたい』は8枚めのシングルとして6月27日に発売され、その1カ月後に、JRAのCMソング『Live On The Turf』がリリースされた。ほぼ同時期にアルバム曲が2枚シングルカットされる、異例の事態となった。
柳葉敏郎と賀来千香子が出演するJRAのCMは、話題にこそなったが、知可子の曲はオリコンチャート最高75位に留まった。ノンプロモーションだった『会いたい』も沈黙。2枚のシングルは期待に反して不発に終わった。