お笑いコンビ・カラテカの矢部太郎(41)は、小さく頷きながら、記憶を嚙み締めるように「大家さん」との思い出を語りだした。
「最後にお会いしたときは、仕事で行った京都土産のお漬け物を持っていったんです。大家さん、食べてくれて、普通にお話もしました」
2017年10月に発売され、2018年もっとも売れたエッセイ漫画『大家さんと僕』。1軒家の2階に部屋を借りた矢部は、1階に住む「大家さん」に出会った。
大家さんは、戦前生まれの品のいい女性。2人の不思議な交流を描いた本作は、現在76万部を超えるベストセラーだ。しかし、主人公の1人であり、矢部の「同居人」だった大家さんは、2018年8月に帰らぬ人となってしまった。
「最初に聞いたときは、とにかく『びっくり』『まさか』という気持ちが大きくて。訃報を聞いて、傷心しているときに吉本新喜劇の仕事があったんです。
『こういう辛いときこそ、笑いを取るのが芸人だな』と思って頑張ったんですけど、公演中、僕の出番は全部『ややウケ』でした……」
ヒットの鍵になったのは、大家さんと僕(矢部)の心温まる日常のやり取り。矢部のためになるなら「どんなことでも描いて」と、大家さんも執筆を応援してくれたという。
「特に大家さんが気に入ってくれたエピソードは、鹿児島に旅行に行った話。『もう旅行に行けないけれど、この漫画を見ると、行った気持ちになれて嬉しいわ』と、喜んで見返してくれていました。描いてよかったなと思いますね」
日常の風景から、ストーリーを切り取る才能は、実父で絵本作家のやべみつのり氏(77)譲りのようだ。
「お父さんは家族でご飯を食べるときに、食卓に並んだおかずを描き始めるような人なんです。今でいうインスタ感覚で。お父さんが描き終わるまで食べられないので、おかずは冷え冷えでしたね(笑)。
最近は『矢部太郎の父』として講演に呼ばれたりしています。2018年は僕も登壇して、お父さんが作った紙芝居を僕が読んだんです。
そしたらお父さんが僕の横で『間が違う。それじゃあ伝わらない』とか『小さいころはもっとうまく読んでた』とか、本番の舞台上でダメ出しをしてくるんですよ。ある意味、神イベントだったと思います(笑)」
大家さんが、ことあるごとに気にかけていたのが、矢部の恋愛事情だ。
「『矢部さんの結婚式に行きたいわ』と言われていました。ご友人の、還暦を超えた女性を僕に紹介してくれそうになったことも。
僕が宮崎美子さんと共演している番組を見て『矢部さん、お似合いね』と言ってくれて、独り身の僕を心配してくれていたんです。
『有働由美子さんなんか、矢部さんいいんじゃない?』って言われたこともあります。おかげで、その後有働さんと共演する機会があったときは、ドキドキしてしまいました(笑)」
大家さんに出会ったおかげで、矢部は独り身の不安が和らいだという。
「大家さんは、お一人暮らしでもお友達と楽しく過ごしていました。いつでもすごく幸福感があって。僕は独身で、将来が不安だったんですけど、今は大家さんみたいに年をとっていきたいなと思います。
大家さんは、記憶力が凄い方で、どんなことを聞いても、いろいろと僕に教えてくれました。亡くなったいま実感するのは、『そういうお話が絶対に聞けなくなったんだ、膨大な知識がなくなってしまうんだ』ということです。人が亡くなるというのは、こういうことかと思いました。
最近は、大家さんのお友達や近所の方と、大家さんの思い出話をお話しするのが楽しいですね。ついこの間、近所の方から『もし矢部さんが引っ越すことになっても近所に住んでほしいわって、大家さんが言ってたわよ』って聞いたときは嬉しかったです。
同級生の方たちが『みんなで食事するから矢部さん来ない?』って誘ってくれることもあります。人のつながりが残っていて、皆さん大家さんのことを誰も忘れていないんです」
現在は、一時休載していた連載を復活し、次なる単行本化へ向けて執筆を続けている真っ最中。矢部は、最後にこう語った。
「まだまだ大家さんは生き続けているような気がします」
やべたろう
1977年6月30日生まれ 東京都出身 1997年、入江慎也とともに、お笑いコンビ・カラテカとしてデビュー。2月9日・10日に、17年ぶりに開催する単独ライブ『元友達』では、コンビの出会いから現在までを描いた描き下ろし漫画を発表予定
取材&文・インタビューマン山下
(週刊FLASH 2019年2月5日号)