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他人の行動を「善/悪/正義」で断じる前に考えておきたいことは

ライフ・マネーFLASH編集部
記事投稿日:2021.05.04 16:00 最終更新日:2021.05.04 16:00

他人の行動を「善/悪/正義」で断じる前に考えておきたいことは

 

 コロナ禍において、善や悪や正義で他人の行動を断じるケースが多発しましたが、私たちの多くは「そもそも倫理とは何なのか」という前提をきちんと理解していません。

 

 たとえば、ライフスタイルや健康上の理由で菜食主義を取っている人と、倫理的な理由で菜食主義を取っている人では、他の人に対する態度は全然違ってきます。

 

 

 個人のライフスタイルとして菜食を選択している人は、それを他人に押しつけることには消極的だと思われます。そうした人々にとっては、野菜を食べるか、肉を食べるかという選択は、朝食にパンを食べるか、お米を食べるかという違いに類するものなのですから。

 

 ですが、倫理的な理由で菜食を採用している人にとっては、そうはいきません。倫理の問題は、しばしば重要な問題であり、「へえ、君はそうなんだね」で済ませられる問題ではないからです。

 

 隣家で子どもがひどく虐待されていることを知れば、「へえ、あなたの家庭ではそうなんだ」などとは言わず、多くの人は通報するはずですし、可能であればやめるように訴えるでしょう。

 

 同じように、牛や豚に対して私たちがしていることが虐待であり、倫理的に許されないと感じられれば、それは通報し、やめるよう訴えるべき事柄なのです。

 

 その点が理解されない場合、つまり菜食主義の人は皆、ライフスタイル上の理由から菜食主義を取っているのだろう、と非菜食主義の人が端から想定してかかる場合、「なぜこの人は自分の個人的なライフスタイルを押しつけてくるんだろう、鬱陶しいな。一人で勝手にすればいいのに」ということになってしまいます。

 

 しかし、倫理的な理由から菜食主義を取っている人からすると、それは虐待同様、他者にも禁止を強制してしかるべき問題でありえるのです(もちろん、私たちの家畜の扱いが本当に虐待にあたるかどうかは、さらに議論する必要があります)。

 

 ですから、菜食主義という主張について考えるにしても、それがライフスタイルの問題なのか、倫理の問題なのか、倫理の問題だとしても何を訴えようとしているのか、ということを明確にすることが、他人の言動を批判する前に大事になってきます。

 

 以上のことなどを踏まえると、倫理の問題を明確化するには、具体的には次のようなことを考えるとよいかもしれません。

 

【倫理の問題を明確化するポイント】

 

(1)問われている倫理はどんな理解に基づいているか

 

(2)具体的にはそれ[重要なもの/人間にとって良いもの/良い行為/良い見方]は何か

 

(3)目指しているものは何か

 

(4)どの強さで問われているのか

 

(5)使われている言葉、表現は不当に歪められたものになっていないか

 

(6)発言を封じられているもの、立場を声にできないものはいないか

 

 具体的に考えてみると、たとえば以下のようになります。

 

【事例】「ヒト受精卵の遺伝子操作は倫理的に許されるか」という倫理的問題を考える場合

 

●Aさんの考え

 

(1)倫理とは、人間にとって良いものを示すものだと思う。

(2)具体的に、良いものとは幸福のことだと思う。

(3)人々の幸福をより多くするにはどうしたらいいか、ということを想定している。

(4)政策として、制限した方がよいかどうかを考えたい。

(5)特に問題はないと思う。

(6)特にいないと思う。

 

「ヒト受精卵の遺伝子を操作することは、人間にとって良いものである幸福を増やすだろうか。もし、そうではないのなら、制限した方がよいのではないだろうか」

 

●Bさんの考え

 

(1)倫理とは、深刻で重要なものを示すものだと思う。

(2)具体的に、重要なものとは、自分のことは自分で決める自律のことを指すと思う。

(3)自律を守るにはどうしたらいいかを考えたい。

(4)政策として、禁止するかどうかを考えたい。

(5)ヒト受精卵という言い方には、対象をただのモノとして扱う見方が含まれているのではないか。

(6)将来、人間になり得た存在の立場が排除されがちであると思う。

 

「これから人間に育つ胚の遺伝子を操作することは、人間にとって重要なものである自律を脅かしはしないだろうか。もし、そうであるのなら、禁止すべきではないだろうか」

 

 このように考えるなら、AさんとBさんは、同じ「ヒト受精卵の遺伝子操作は倫理的に許されるか」という倫理の問題を論じるにしても、ずいぶん違った問題を取り上げていたことが分かります。

 

 このことが明らかになったなら、2人の間の議論の仕方も変わってくるのではないでしょうか。

 

 

 以上、佐藤岳詩氏の新刊『「倫理の問題」とは何か メタ倫理学から考える』(光文社新書)をもとに再構成しました。

 

●『「倫理の問題」とは何か』詳細はこちら

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