ライフ・マネーライフ・マネー

カミツキガメで見る「爬虫類」飼育の歴史…「特定外来生物」の指定と増加する野外への遺棄

ライフ・マネー 記事投稿日:2025.12.20 06:00 最終更新日:2025.12.20 06:00

カミツキガメで見る「爬虫類」飼育の歴史…「特定外来生物」の指定と増加する野外への遺棄

捕獲されたカミツキガメ(写真・共同通信)

 

 カミツキガメは、1990年代後半には年間2万頭近くが輸入されるようになり、価格も一頭1000円程度までに低下。珍しいカメでなくなったこともあり、全国各地で飼いきれなくなった個体が野外に遺棄されるようになった。

 

 1999年5月、日本カメ自然誌研究会(代表・矢部隆)が設立され、奈良市で第1回日本カメ会議が開催される。当時静岡大学の学生だった加藤英明は、この会議の中で、研究者たちが全国で野生化しているカミツキガメの捕獲や根絶について話し合っている姿を記憶している。

 

 カミツキガメが帰化した場合、その地域の生態系に及ぼす被害は、ミドリガメの比ではない。研究者たちの危惧は、2000年代以降、現実のものとなっていく。

 

■爬虫類飼育の革命時代

 

 1990年代は、爬虫類飼育の革命時代であった。これまで図鑑や動物園で眺めるだけだった爬虫類が「買える」だけではなく「飼える」ようになり、ペットとしてグリーンイグアナやリクガメを飼育する人が増えた。ショップには、毎月のように「国内初入荷」のヤモリ、「洋書でしか拝めなかった」トカゲ、「見たことのない品種」のヘビが次々と入荷した。

 

 当時は、ワニやオオトカゲなどの特定動物については法律ではなく条例で規制されている段階であり、動物愛護法についても爬虫類は対象に入っていなかった。当然、特定外来生物法も存在していない。

 

 法律による規制が緩やかだった中で、これまでの鬱憤を晴らすかのように、飼育者・販売店・輸入業者のすべてが、好奇心と欲望のままに突き進むことのできた時代だったと言える。

 

 しかし、ブームが大きければ大きいほど、その後に押し寄せる反動もまた、巨大なものとなる。爬虫類を含めたエキゾチックペットのブームが過熱し、外国産の動物の輸入が急増する中で、1992年、「種の保存法」(絶滅のおそれのある野生動物の種の保存に関する法律)が施行され、ワシントン条約附属書Iに掲載されている種の販売・陳列・広告・譲渡などが原則として禁止になった。

 

 1995年、日本は国家会員として国際自然保護連合(IUCN)に加盟。同年10月、政府の地球環境保全に関する関係閣僚会議は「生物多様性国家戦略」を決定した。日本の生物多様性を保全し、その持続可能な利用を図る基本方針が策定された。1998年には、感染症の予防及び感染症の患者に対する医療に関する法律が制定され、サルやコウモリなどの輸入は原則禁止となった。

 

 そして1999年12月の法改正により「動物の愛護及び管理に関する法律」(動物愛護法)が誕生した。こうした社会の動きが、2000年代以降、爬虫類飼育の世界に激震をもたらすことになる。

 

■吹き荒れる逆風「最もペット向きな大蛇」が特定動物に

 

 2000年7月、東京・品川のマンションに住む女性(79歳)が、4階のベランダで約2メートルの大蛇に襲われ、足首を咬まれて巻き付かれる事件が発生した。女性は足に巻き付いた大蛇を引きずってどうにか部屋の外に出て、非常ベルを押して助けを求めた。駆けつけた近隣住民によって、大蛇は捕獲された。

 

 大蛇の正体は、同じマンションの5階に住んでいた男性(45歳)が飼育していたボアコンストリクターであった。男性が出張で留守にしている最中に脱走し、4階のベランダに侵入したとみられている。女性は全治2週間のケガを負い、飼い主の男性は過失傷害の疑いで書類送検された。

 

 この事件の影響により、「おとなしく、最もペット向きな大蛇」として愛好家の間で人気の高かったボアコンストリクターが、ワニと同じ特定動物に指定され、飼育が規制される事態を招くことになった。

 

 同時期に、ペットとして飼育されていたカミツキガメの遺棄・定着・帰化が本格的にメディアで報道されるようになる。ニュース性を高めるためか、甲長20センチ程度の個体が「全長1メートル」と誇張されて報道されることもあった。

 

 2000年末、カミツキガメの飼育が規制されるという情報が流れ、カミツキガメの販売・買い取り・下取り・引き取りを終了するショップも出てきた。

 

 2001年1月、改正動物愛護法が施行。ペットとして飼育されている爬虫類の逃走や遺棄が問題になったこと、及び爬虫類に対しても動物愛護の考え方を広める必要があるという理由から、愛護動物の適用範囲に「飼育されている爬虫類」が入れられることになった。

 

 こうした世間の姿勢に対して、多くの爬虫類飼育者は、世間の無知と偏見によって自分たちの愛する生き物が飼育できなくなることを嘆き、被害者意識を強めていった。

 

 しかし、本来であれば、こうした時に爬虫類飼育者が取るべき振る舞いは、ただ社会を呪うことではなく、社会とコミュニケーションを取り、爬虫類に対する偏見、そして爬虫類を飼育することへの偏見を緩和することであったはずだ。

 

 輸入量と飼育人口の急増に対して、販売者や飼育者のモラルが追いついていなかったことを認めつつ、その上で、大多数の飼育者は真面目に爬虫類を飼育していることを伝え、今後は業界をあげて脱走や遺棄などの事件を防ぐ仕組み作りや啓発活動を行っていく、ということを粘り強く説明することが求められた。

 

 しかし、矢面に立ってそうした発信を行える人はごく少数であった。業界団体も存在せず、法規制に対して反論したり、生産的な提言をすることもできなかった。

 

■カミツキガメが「特定外来生物」に指定される

 

 2002年、ボアコンストリクター・カミツキガメ・ワニガメ・ハナブトオオトカゲ・コモドオオトカゲの5種が、動物愛護法によって特定動物に指定された。ライオンやオオカミ、ワニなどと同じ扱いになり、飼育には基準を満たす施設の用意と、職員による立ち入り検査、個体登録料や申請手数料が必要になった。

 

 2005年、「特定外来生物による生態系等の被害の防止に関する法律」(外来生物法)が施行。カミツキガメは「特定外来生物」に指定され、輸入・飼育・移動・販売・譲渡が禁止となった。既に飼っている個体の飼育を続けるためには、自治体への届け出や登録、基準を満たす飼育施設の用意や検査への対応、それらの費用負担を飼育者が行う必要があった。

 

 カミツキガメは、一頭千円〜数千円程度の安価で売られていたカメである。そのカメを飼育し続けるために、数万円の専用ケージを発注し、自治体への登録・検査対応などの煩雑な手続きを行うことは割が合わない、と考えた人が多かったのだろう。

 

 ピーク時には年間数万頭が輸入・販売されていたカメであったが、特定外来生物への指定後、飼育個体として登録されたカミツキガメはごくわずかであり、法律の施行前後に大量の個体が野外に遺棄されたと考えられている。

 

 野外で捕獲された個体についても、ショップや個人はもちろん、役所・警察・保健所でも引き取ってはくれないので、行き場がなくなってしまった。特定外来生物に指定されたことによって、さらに野外への遺棄や放置が増えてしまうのでは、本末転倒だ。

 

「既に多くの個体が飼育されている種を、飼育者による遺棄を想定せずに、特定外来生物に指定してはいけない」という(飼育者としては非常に情けない)大きな教訓となった。

 

 

 以上、坂爪真吾氏の近刊『人はなぜ爬虫類を飼うのか ブームと規制の60年史』(光文社新書)をもとに再構成しました。日本は世界有数の爬虫類輸入大国ですが、生体の脱走や遺棄、密輸、外来種の定着など、さまざまなトラブルも。爬虫類飼育が社会とどう関係してきたのかを振り返ります。

 

●『人はなぜ爬虫類を飼うのか』詳細はこちら

出典元: SmartFLASH

著者: 『FLASH』編集部

ライフ・マネー一覧をもっと見る

今、あなたにおすすめの記事

関連キーワードの記事を探す