たとえばアメリカでは2023年にユタ州でソーシャルメディア規制法が成立しました。各州で差し止め訴訟が相次ぐなど施行状況は流動的ですが、18歳未満の利用者がSNSを使う場合には親の同意が必要で、夜間帯のSNS利用も禁止されています。規制回避を抑止するために年齢確認の厳格化もセットです。無限スクロールやプッシュ通知といった依存性のあるデザインもやり玉に挙がっています。これらが精神的健康を害するのであれば、企業の責任を問うことを志向しています。
英国でもフランスでも2023年に同様の法案が可決されています。フランスは規制対象を15歳未満にしていて、現時点ではより厳しい全面禁止案や、18歳未満の利用者に対しても夜間制限をかける案が浮上しています。英国のオンライン安全法は18歳未満の利用者への有害コンテンツ表示防止を主眼とした厳しい規制になっています。義務違反をした事業者に課される制裁金は欧州らしく巨額に設定されており、制裁金事例もすでに発生しています。
中国は報道と実態の乖離が大きい国の一つなので推論が混じりますが、留学生からの聞き取り調査なども加味すると、TikTokなどのアプリケーション(アプリ)について14歳未満の利用者への夜間利用制限に始まり、非SNSアプリケーションについても未成年モード機能の実装義務などが課されたようです。
また、もとからSNS利用に実名登録を義務づけていますし、コンテンツ検閲も恒常的に実施している国家ですので、規制回避も他の国より行いにくいと考えられます。
韓国では明確なSNSの年齢制限はありませんが、個人情報保護法令との関係で多くのSNS事業者は14歳未満の利用者にアカウント作成を許していません。
むしろ韓国の場合、気になるのはインターネット実名制でしょう。
韓国は世界に先駆けて2007年にインターネット実名制を導入しました。誹謗中傷対策が主な目的です。しかし、(誹謗中傷対策として)あまり効果が上がらなかったこと、個人情報漏洩リスクの増大、表現の自由の萎縮などで批判が絶えませんでした。その上、2012年に憲法裁判所がインターネット実名制規程に違憲判決を下したため、廃止となっています。
日本の状況はどうでしょうか?
日本もSNSを巡る状況は決してよいとは言えません。SNSについての意見は人によって大きく異なりますが、むしろ惨憺たる有様だと感じている人も多いと考えられます。誹謗中傷を苦にした自殺などの痛ましい事件を受けて、侮辱罪の厳罰化や発信者情報開示制度の手続き簡略化、情報流通プラットフォーム対処法などが立法、施行されましたが、直接的に子どもの利用を制限する法的措置はまだありません。
大枠として、プラットフォームに広くコンテンツ規制を課すのではなく、被害者が救済を求めたときに司法にアクセスしやすいようにルールを作り、運用する志向性を持っています。コンテンツが違法かどうかの判断は、まずはプラットフォーム、最終的には裁判所に委ねられます。
利用者の立場から見て、コンテンツへの介入の度合いが小さい(行政が口を出さない)のは、平常運行時は歓迎すべき傾向ですが、非常時には個人の負担感(自らが救済を求めて手続きする)が大きく、速度感にも乏しいかもしれません。また、プラットフォームの裁量権が大きくなりがちです。
「SNS規制」の中身は、一般的に次の3つに分類することができます。
●利用者への制限
●コンテンツのコントロール
●SNS事業者への賦課
こうした規制を行うことの良し悪しや、実施するとして、どのようなブレンドで行うとどのような効果が得られるのかは、まだ結論めいたことが言えるほど状況が煮詰まっていません。ただし各国、各地域によって個性を観測することはできるので、それらをまとめておきましょう。
■アメリカ、EU、中国の状況
自由の国、アメリカは自由を巡る攻防が目立ちます。事態が拡大したのはトランプ大統領が騒動を起こしたときに、それを支持する保守系のアカウントが凍結されたあたりです。
トランプ支持者による米連邦議会襲撃は非常識な事件でしたが、それへの対応として、SNS事業者(プラットフォーム)が行ったアカウント凍結や投稿を誰に見せるかを人為的に操作することは、政治的意見を理由に人や情報を選別する可能性がある施策でした。プラットフォームのさじ加減一つで、ある意見を広く届けることも、逆に目立たないようにすることも思いのままだからです。
そのため、フロリダ州などが政治的意見によって投稿削除やアカウント停止を行うことを禁じる法律を作ったのですが、これがまた「SNS事業者側の編集権」への行政による侵害なのではないか、憲法違反ではないかとややこしいことになっています。現時点で結論はまだ出ていません。
また、中国との競争激化が表面化する中で、「外国の敵対勢力が管理するアプリから米国人を保護する法」が成立しています。事実上、TikTokを狙い撃ちにした法律と考えられ、大統領が安全保障上の脅威と認定した国が持つSNSサービスのアメリカ国内での提供を禁じるか、事業売却を迫ることができます。TikTokはこの法律の差し止めを求めていましたが、米最高裁は訴えを退けました。アメリカの状況を一言でまとめるならば、政治権力からの自由が焦点です。
EUが規制によって世界での存在感を確立しようとするのは今に始まったことではありませんが、SNS規制でも着々と布石を打っています。DSA(Digital Services Act:デジタルサービス法)、EU AI Act(人工知能規則)はその一例です。
DSAはSNS事業者をはじめ、検索エンジンやマーケットプレイスに対してアルゴリズム説明義務、違法コンテンツ対応義務を定め、さらにSNS事業者がたとえばフィルタリングのアルゴリズムにAIを使っているのであれば、それに対する安全性、透明性、説明の責任も負います。EUの特徴は透明性と説明責任、違反時の巨額制裁金にあるでしょう。
また、ロシアのプロパガンダに長く悩まされてきた国を抱えるため、スプートニクなどロシアがオペレーションするメディアがSNSで発信することを抑制しているのも特徴です。総じて、SNS事業者に厳しい制約や義務を課すことで彼らの理想とする社会の実現や、自らの影響力拡大を狙うのが基本路線です。子どものSNS規制も、その文脈の中に回収されています。
中国のトレンドは引き続き、国家による統制です。コンテンツ管理は厳格で、厳しい検閲体制が敷かれています。X、フェイスブック、インスタグラム、YouTubeは変わらず中国国内からアクセスできない状況が続いています。SNS利用には実名登録が必須で、未成年者にはさらに大きな利用制限がかかります。この厳しさはSNS事業者に対しても同様で、レコメンドのアルゴリズムなどは当局に登録しなければなりません。
分断や扇動を促すコンテンツももちろんですが、国家に対してポジティブなコンテンツを拡散させることに重きを置いているように観測されます。ディープフェイク(AIを使って人の顔や声などを合成、改変し、本物そっくりの映像や音声を作り出すこと)や悪意ある情報への対応も苛烈です。中国の特徴は国家による一貫した統制にあります。
この状況を一般化するのはなかなか困難ですが、民主主義国家、権威主義国家という補助線を引くならば、民主主義国家では利用者保護を前提としてコンテンツを緩やかに管理しようとしています(厳しい管理は自由との相反が生じます)。
管理の方向性として多くの国に共通するのは、誹謗中傷、ヘイト、誤情報、偽情報、悪意ある情報の流布を防止することで、ここにリベンジポルノ抑止などが続きます。
その手段は国によって濃淡が分かれますが、SNS事業者の自主規制や利用者へのお願いが主体であり、その実効がなかなか出ないため、国によってはSNS事業者に圧をかけたり、別の国では利用者に制限をかけたりしようとしています。
いっぽう、権威主義国家は、SNS事業者、利用者、コンテンツ、また海外からのそれらを全方位的にぎりぎりと締め上げています。権威主義国家にとってSNSは、もはや個人のコミュニケーションツールではなく国家の情報統制ツールであり、国家が達成すべき目標を実現するための道具の一つになっています。
ただし、それについての評価は慎重に行うべきでしょう。私たちの通念ではこうしたことがらはよくないことと理解されますが、にもかかわらず国民の満足度は高い水準にあるという調査も存在します。これらの施策が安全などに寄与している側面は冷静に観察すべきです。
また、この対照は民主主義国家の打ち手の難しさも浮き彫りにします。SNSを安心できるものにする試みは、根本的な部分で自由と対立せざるを得ないからです。
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以上、岡嶋裕史氏の近刊『子どものSNS禁止より、大人のX規制が必要な理由』(光文社新書)をもとに再構成しました。ネット上の炎上、誹謗中傷、社会の分断といった問題の構造を、クリアに見る方法論とは?
●『子どものSNS禁止より、大人のX規制が必要な理由』詳細はこちら
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