
かつて大人気だったダイエー(写真:ロイター/アフロ)
ハーバード・ビジネス・スクールで長らく組織行動論とリーダーシップを研究したニティン・ノーリアは、アンソニー・メイヨーとの共著『In Their Time』(未邦訳)において「リーダーシップ・イン・コンテキスト」という概念を強調し、時代や社会の変化というコンテキストから切り離してリーダーシップを議論することの不毛さを訴え、経営リーダーにとって「生きている時代の文脈を読み取る知性=コンテクスチュアル・インテリジェンス」こそ求められる資質だ、と言っています。
どれほど優れた商品やサービスを持っていても、経済の潮目を読み違えると、その努力は水泡に帰してしまいます。逆に、経済環境の変化を的確に捉え、波に乗ることができれば、多少の弱点があっても企業は大きな成長を遂げることができます。経済の波は私たちの意思では止めることができません。しかし、その波をどう捉え、どう活用するかは、経営者のセンスと判断力に委ねられています。
■経済的コンテキストを正しく読み取ったホンダ
1962年、ホンダは東南アジアにおける企業活動の足がかりを築くため、シンガポールに事務所を設立して市場参入準備を進めました。
1964年には東南アジアにおける活動拠点として、タイのバンコクに、二輪・汎用製品の販売会社、アジア・ホンダ・モーターを設立、さらにその翌年の1965年には、二輪車・汎用エンジンの生産拠点としてタイ・ホンダ・マニュファクチュアリングを設立し、現地生産を開始します。
その後、当初の想定以上のスピードで東南アジアの経済成長が進み、このまま二輪の需要が伸び続ければ、数年で工場の生産能力が追いつかなくなる、ということが明らかになります。この状況を受け、現地の幹部は二輪工場の生産能力拡大のための大型投資の許可を日本の本社に申請しました。
さて、この状況で皆さんが東京本社の経営陣ならどのような判断を下すでしょうか?
ホンダの経営陣はこの申請を却下し、二輪車の製造工場ではなく、自動車の製造工場を作るように、と指示したのです。
この判断は、まさに「経済的コンテキスト」を正確に捉えたものでした。確かに当時、東南アジアでは急速な経済成長の追い風を受け、二輪車の販売台数は毎年伸び続けていました。しかし、急速に拡大する中間層の購買力は、やがて、二輪車ではなく四輪車への需要へと向かい始めることになります。この現象はすでに日本でも数年前から起きていたことでした。
もし、目の前で伸長する二輪車の需要を取り込むために大型の投資をすれば、そのあとで成長するであろう、さらに大きな「自動車需要増大の大波」に乗り遅れてしまう可能性があります。ホンダは経済成長率の上振れというマクロ・コンテキストを正しく読み取り、それに応じて投資の軸をシフトしたことで、東南アジアにおける自動車市場において強固な地位を築くことに成功したのです。
■経済的コンテキストを読めなかったダイエー
一方で、経済的コンテキストを読み誤り、失敗した事例も数多くあります。まず思い浮かぶのはダイエーでしょうか。
若い読者の方はご存じないかもしれません。ダイエーはかつて日本に存在したGMS(総合スーパー)の企業です。1972年には売上高で三越を抜いて、小売業売上日本一の頂点に躍り出て「流通革命」とまで称賛された企業ですが、バブル期の拡大路線が祟って90年代に経営不振に陥り、現在は解体されて消滅しています。
ダイエーの失敗は、ひとえに創業経営者である中内功氏による、銀行融資に頼った拡大路線の暴走にあります。中内氏は、銀行から借金して土地を買い、そこに店舗を設けて売上を伸ばし、値上がりした土地を担保にして、さらに銀行から借金して、さらに店を出すという、いわゆるレバレッジ拡大モデルを作り、自己資本を増やすことなく、急激な成長を実現しました。
確かに、バブル期の日本では、「土地の値段は必ず上がる」という神話が社会全体を支配していました。ある意味、中内社長もそれに囚われた一人だったということです。ところがバブルが崩壊し、土地の値段が下がり始めると、この拡大レバレッジモデルは、逆に縮小レバレッジモデルとなってダイエーを苦しめることになります。
土地価格は急激な下落に転じ、ダイエーが抱えていた不動産は資産ではなく重い負債へと変貌しました。その上、低成長期に入った日本経済では、消費者の価値観も変わりつつありました。「安ければいい」というだけでは支持を得られず、品質やライフスタイルを含めた新しい価値提案が求められるようになっていたのです。
このエピソードが教えてくれるのは、企業の命運を決するのは事業の巧拙そのものではなく、むしろ「時代のコンテキストをどう読むか」にあるということです。土地神話にしがみつき、低成長という現実を直視できなかったダイエーは、巨大企業でありながら脆くも崩れ去りました。逆に言えば、リーダーにとって最も大事なのは「時代の前提」がどこにあり、それがいつ崩れるかを敏感に感じ取るセンスなのです。
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以上、山口周氏の近刊『コンテキスト・リーダーシップ 「最高の上司」と「最悪の上司」は文脈で決まる』(光文社新書)をもとに再構成しました。リーダーシップに関して蔓延している誤解を解き、「文脈=コンテキスト」という新しい視点を提示します。
●『コンテキスト・リーダーシップ』詳細はこちら
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