
アジア人で唯一、世界最優秀ソムリエコンクールで優勝した田崎真也さん(写真・福田ヨシツグ)
1990~2000年代にテレビや雑誌を席巻したスター料理人たち。今も厨房や店に立ち、新たな挑戦を続けている彼らの現在地を追った!
1995年、世界最優秀ソムリエコンクールで優勝したソムリエの田崎真也さん(68)。現在までアジア人唯一の快挙だ。そんなレジェンドも、最初からソムリエを目指していたわけではなかった。
「もともとは和食の料理人でした。どこか違うと感じていたとき、フランス料理店には男性がサービスをする仕事があると知り、惹かれたんです」
すぐに単身渡仏。現地のワインスクールで「ソムリエ科」を修了したが、その時点ではソムリエとして生きていくつもりはなかった。それでも、世界大会への挑戦は続けた。
「後輩たちのためにも、最低でも決勝に進んで、世界大会がどういうものかを伝えたいと思っていたからです。1995年は3回めの挑戦で、これが最後だと思っていました」
大会では、ワイン以外にビール、水、コーヒーなど、あらゆる飲料や食文化への理解が問われた。
「当時、インターネットは普及しておらず、現地へ行って資料を集め、本を訳し、ノートにまとめて覚えました。借金もかなりしましたね(笑)」
当初はフランス人ソムリエを追いかけていた。だが、途中で考え方が変わった。当時、日本にはカリフォルニアやオーストラリアなど、世界中のワインが集まり始めていた。
「日本人ならではの強みを探したとき、世界中のワインを比較しながらテイスティングできる日本の環境は、むしろ有利だと思いました」
発想の転換が、彼を頂点へと導いた。すぐにメディアに引っ張りだことなり、優勝した年だけで取材は500件以上。3年ほど多忙な日々が続いた。
発信する立場になった田崎さんが意識したのは、ワインを難しくしないことだった。
「こたつで漬け物を食べながら、湯呑みで赤ワインを飲んでもいい。難しく考えなくていいんです」
今年3月、東京・銀座でワインと料理のペアリングを追求したレストラン「Caveau SenTir(カヴォ・サンティール)」を開いた。
「飲食業の世界に入って50年、その集大成となる店にしたいと思っています。ソムリエとは、知識をひけらかす仕事のように思われているかもしれませんが(笑)、お客様が楽しい時間を過ごすためのアシストをし、料理をより美味しく感じていただくことが本来の役目です。それをこの店でも追求していきたいですね」
取材/文・吉澤恵理
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