青山剛昌氏がオキシジェン・田中知史に贈った色紙
「いとこの特権として犯人役で『名探偵コナン』に登場しました」と話すのは、芸人・オキシジェンの田中知史。
彼のいとこに当たるのは、全世界でのコミック累計発行部数2.7億部を突破し、今年公開された劇場映画の興行収入が135億円を突破した『コナン』の原作者・青山剛昌氏。
鳥取県大栄町(現・北栄町)出身の青山氏と田中。14歳離れているが、子供のころから仲がよかった。
「物心ついたころから “絵の上手なお兄ちゃん” で、僕が小学1年生のとき、夏休みの宿題だった絵を手伝ってもらって表彰されたのはいい思い出です。(青山氏が)東京へ進学してからは、冬休みになると田舎に帰ってくるんですが、そのとき必ずプレゼントを持ってきてくれて。戦隊ものの超合金やキン消しなど僕にとっての宝物でした」
青山氏は1986年に『ちょっとまってて』でデビュー。1987年に『まじっく快斗』、1988年に『YAIBA』の連載を開始。人気マンガ家へと駈け上がっていった。
「『快斗』が始まったときは、町の書店で(週刊少年)サンデーを買い占め、親戚一同で雑誌についているアンケート葉書を書いたのを覚えています。東京だと有名人と親戚なんて珍しくないと思いますが、田舎町育ちにとっては大変な出来事でした」
人気マンガ家となっても、青山氏は、常に優しいいとこだったという。
「小学生のころ、『YAIBA』を宣伝したくて、クラス全員分のサイン色紙を頼んだことがありました。40枚あったと思うのですが、すべての色紙に下描きをしっかりとした主人公の刃が描かれていて、色もちゃんとつけてくれていたんです。今思うと、週刊誌の連載をしながら頼みを聞いてくれて、本当に優しいいとこだと思います」
田中はデビュー当初、青山氏といとこということを隠していた。
「伊集院(光)さんが番組に出演させる若手を探しているときに、じつは……と話したら、『僕の番組で言うのはもったいないから、もっと大きな番組で言いなさい』と言われ、思っているよりすごいことだと気づきました。今ではネタのツカミで使わせてもらっています。年配のお客さんが多い浅草の演芸場でも『コナン』の名前を知らない人はいないんじゃないかな。あらためてすごい作品だと実感しています」
だが、“嬉しい悲鳴”に悩まされることも。
「コナンの敵にあたる“黒の組織”は誰なのか聞かれることが多いです。でも僕も知らないんですよ。きっとお兄ちゃんも僕がバズ目的で話してしまうかもしれないってわかっているんだと思います」
青山氏と田中の故郷・北栄町は今ではコナン一色だという。
「熱心な読者のためにウチの父が『コナン探偵社』という鳥取限定のお土産屋さんを作ったのですが、そこからどんどん広がって。今では鳥取砂丘コナン空港やコナン通りなど、“聖地巡礼”として多くの人が訪れています。
もう僕らの知っている北栄町とは違いますね。だってジェラート屋さんまでできていますから。それだけ『コナン』が多くの人に愛されているということなんでしょうね」
写真・福田ヨシツグ
![Smart FLASH[光文社週刊誌]](https://smart-flash.jp/wp-content/themes/original/img/common/logo.png)







