
応仁の乱での足軽の狼藉を描いた絵図として知られる「真如堂縁起」(写真・共同通信)
応仁元年(1467)より続いた大乱(応仁・文明の乱)は、次第に大規模な戦闘は減少し、散発的となっていた。文明3年(1471)には西軍の主力を担った越前の朝倉孝景が東軍に内応、文明5年には細川勝元や山名...
ライフ・マネー 記事投稿日:2026.09.19 06:00 最終更新日:2026.09.19 06:00

応仁の乱での足軽の狼藉を描いた絵図として知られる「真如堂縁起」(写真・共同通信)
応仁元年(1467)より続いた大乱(応仁・文明の乱)は、次第に大規模な戦闘は減少し、散発的となっていた。文明3年(1471)には西軍の主力を担った越前の朝倉孝景が東軍に内応、文明5年には細川勝元や山名...
記事の続きを見る
出典元: SmartFLASH