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国技館の地下1階では「タレ6回漬けの焼き鳥」を製造中
ライフ・マネーFLASH編集部
記事投稿日:2018.06.18 20:00 最終更新日:2018.06.18 20:00
幾多の力士が血と汗と涙を流してきた大相撲の聖地・国技館。そこには時代を超えて日本人が大切にしてきた何かが色濃く残されていたーー。
日常に潜む不思議を暴く作家・二宮敦人最新ルポ。
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国技館を回っていると、歴史の重みのようなものを感じることは多い。併設されている相撲博物館など、貴重な資料でいっぱいだ。力士控え室や実況室、あるいは廊下、ヒビの入った壁に貼られた「テッポウ禁止」という紙などを見ていると、ここで色々なことがあったのだろうなと思わず想像を巡らせてしまう。
だが、なんだこれはと表札を二度見してしまうような場所もある。
たとえば地下1階の「甘栗部」「豆作業室」「豆倉庫」「焼鳥準備室」。そんなもの準備していないでまわしをしめろという感じだが、これも国技館の重要な一角だという。
「ここから先は、すみません、これを着用お願いします」
国技館サービス株式会社の永井賢二さんが、無菌室に入るときのような服を手渡してくれた。白い帽子やマスクと一緒に身につけて、「焼鳥工場」と書かれた部屋の中へと進んでいく。甘く香ばしい焼き鳥の匂いが漂ってくる。
「ここで、うちの焼き鳥を作っているんです」
室内では50人ほどが、せわしなく働いていた。作業着の胸に刺繡された「焼鳥部」の文字が眩しい。
永井さんが工程を説明してくれる。
「肉は串に刺さった状態で、おもに岩手県の、うちと契約している業者さんからチルドで送って貰ってます。胸肉ともも肉を交互に刺していて、これは食べていて飽きないための工夫です。全部国産で、基本的に冷凍ものも使いません。うちのこだわりですね。で、それをこの機械に取り付けまして」
銀色の細長い機械に、ぶら下げるように焼き鳥を据え付けていく。機械を動かすと、焼き鳥が運ばれていき、自動でタレに漬けられては引き上げられ、今度は火に放り込まれてはまた引き上げられる。
「漬けて、焼いて、漬けて、焼いて……機械で4回漬けてますね。下向きになっているので、余計なタレと、脂は落ちる。機械で焼き終わると、この容器に出てきます。この容器の中でも1回タレに漬けて、最後にもう1回別の容器に移して漬けますので、6回漬けていることになります。漬けながら蒸されますので、ちゃんと中まで火も通るわけです」
「このタレも、国技館で作っているんですか?」
僕はタンクに満杯の、茶色の液体を見る。
「昔は作ってたんですけどね。重労働なんで、今はうちのレシピだけ伝えて、製造は醬油メーカーに依頼しています」
「何か特別なタレなんでしょうか」
永井さんは笑った。
「いえ、シンプルなものですよ。ただ、一応調合は秘伝です」
焼き鳥の機械はナンバー9まであったが、実際には7台しかない。代わりに奥のスペースには何やら手作り感のあるブースがあり、そこで洗い物が行われている。
「昔は9台あったんですけどね、以前に比べ生産量が減ったことと、衛生面で注意を払う必要が出てきたので、現在はこのようにしています。あ、完成した焼き鳥はあっちに運びます。冷却器ですね」
巨大な銀色の箱に入れられて、20度まで急速に冷やされる。長持ちさせるために必要な工程だそうだ。
「相撲を見ながら食べるものですから、冷めても美味しいがコンセプトなんです。逆にいうと、アツアツのものはないんですよ。これも昔はね、エアコンの風を当てて冷やしてたそうですが……やっぱり、衛生面の関係でね」
「確かにエアコンは色々問題がありそうですね……」
適度に冷まされた焼き鳥は箱詰めされ、包装され、台車に載せられて運び出されていく。そして案内所や売店に並び、お客さんの元に届けられるのだ。
生産数は注文の量によるそうだが、1日に8万本焼く日もあるという。鳥は手をつかないから、という由来もある、相撲観戦の定番である。
「どうして、自分のところで焼き鳥を焼くんですか?」
僕は聞いてみた。
業者に発注して納めてもらったっていいところだが、わざわざ地下に工場を作って、食品衛生法に対応して、従業員を雇っている。場所中だけ地方から働きに来る従業員もいるので、彼ら向けの寝床や、風呂場までもが国技館の中にあるという。これはなかなか大変だ。
「うーん、そうですねえ」
永井さんはちょっと考え込んだ。
「でも、やっぱりこれはうちの焼き鳥、なんですよね。親方も、力士も、もちろんお客さんもみんな相撲の焼き鳥、と言ってくださっている。いや、正確には国技館サービス株式会社の焼き鳥ですが……。まあ、それを作るには、こうするしかないんです。うちの焼き方で、うちで焼かないと」
そんなに特別なことをしているわけじゃないんですが、と苦笑する永井さん。なるほど、これも「伝統」なのだ。
「昔からずっと自分たちで焼いているんですか?」
「そうですね。その時々で、その時に合ったやり方で。蔵前に国技館があった頃は、手で焼いていたそうですよ。外でもくもく、煙出して、網で」
めちゃくちゃ手間がかかりそうである。
家に帰り、僕は編集者さんに買ってもらった国技館の焼き鳥を食べてみた。確かに冷めても歯ごたえが良く、しみじみと美味しかった。
何か凄い技術が使われているわけではない。びっくりするような特殊な味でもない。だけどずっと昔から日本人が楽しんできた味だ。そんなことを思いつつ、嚙みしめた。
二宮敦人(にのみやあつと)
1985年生まれ。小説作品に『最後の医者は雨上がりの空に君を願う』。初のノンフィクション作品『最後の秘境 東京藝大 天才たちのカオスな日常』が12万部を超えるベストセラーに
(週刊FLASH 2018年6月5日号)