ライフ・マネー
吉田戦車、30年連れ添った目覚まし時計を猫に壊される
ライフ・マネーFLASH編集部
記事投稿日:2018.11.28 11:00 最終更新日:2018.11.28 11:00
上京して以来、30数年間つれそってきた目覚まし時計が壊れた。当時は携帯もスマホも存在せず、アラームつきの腕時計も持っていなかった。
目覚ましは朝起きるための必需品だったから、初めて一人暮らしをした三鷹の雑貨屋で、早々に買ったものだと思う。赤いプラスチックのボディー。セイコーの製品である。
味があるというほどレトロでもないが、この真っ赤な成型色は最近の時計売り場にはないものだ。それなりに1980年代感があるような気がしなくもない。値段はまったく覚えていないが、1000円とか2000円とかそんなもんだったんじゃないかな。
長年つれそってはきたのだが、目覚まし時計として使っていたのは今の家に引っ越してくるまで。その後は毎日必ず目をやる、台所の食器棚の上の時計として働き続けてきた。
「あいつら」がこなければ、そのままおだやかに時を刻み、あと数年は延命できたかもしれない。
でもあいつら(ネコ)はニャーニャーとやってきて、うちの家族になった。高いところを好む連中にとって、冷蔵庫から食器棚の上などは、格好の登り場所なのだった。
食器棚の上には目覚まし時計の他に、オーブントースター、ラジオなどいろいろなものが置かれていて、まだうまくそれらをよけられないやつらは、よく物を落とした。こけし型の楊枝入れを落下させて、下にある自分たちの陶器の食器入れを割ったり。
今は用心して、落とされてまずいものは置かないようにしているが、ティッシュボックスとかは、いまだによく落とされる。
その落下物の中に、目覚まし時計もあったのだ。その位置にあってほしいため、撤去できなかった。2、3度落とされ、そのたびにボディーのあちこちが欠けたが、機能は生きていたので、セロテープで補修して使っていた。
上のネコが4歳になった2018年の初夏、妻がややビビったような顔で目覚ましを持ってきた。
「アラームが、ずっとオフなのにいきなり鳴りだした。しかも目覚ましの針の位置じゃない時間に……」
なんだそれは、と、私の仕事部屋で様子をみることに。電池を入れる場所のフタももうなく、中の埃を払ってやる。ごめん、ほっときっぱなしで。
約1時間後、午前10時過ぎに「ピピッ、ピピッ、ピピッ……」とアラームが鳴りだした。アラームスイッチはオフ、アラーム針は2時のあたり。ああ、これは、別れを告げているのかもしれないな、と思った。
時計として使えれば使い続けたいと思っていたが、オフなのにアラームがいきなり鳴りだしてはさすがに迷惑であり、処分せざるを得ない。もうリタイヤしますからね、ということなのかもな……。
電池を抜いて、劣化しているセロテープをきれいにはがし、分解分別して数日後、清めの塩とともに回収に出した。今は後任の目覚まし時計(セイコー、税込み1080円)が、同じ場所で働いている。
よしだせんしゃ マンガ家 1963年生まれ 岩手県出身 「ビッグコミックオリジナル」で『出かけ親』、「ビッグコミックスピリッツ」にて『忍風! 肉とめし』を連載中。妻はマンガ家・伊藤理佐さん。近刊に『忍風! 肉とめし 1』『来れば? ねこ占い屋』(ともに小学館)。本連載の単行本が発売中
(週刊FLASH 2018年12月4日号)