ライフ・マネー
なぜ小学校でプログラミングが義務化されたのか、解説しよう
ライフ・マネーFLASH編集部
記事投稿日:2019.03.06 16:00 最終更新日:2019.03.06 16:00
2020年度から、小学校でプログラミング教育が導入されることになった。
そのきっかけは、文科省の会議における議論である。会議名は「小学校段階における論理的思考力や創造性、問題解決能力等の育成とプログラミング教育に関する有識者会議」という。
【関連記事:コンピュータ将棋界「次なる最強者」1秒に20億手読む】
名称からも明らかだが、やりたいのは、次世代を創っていく子供たちに、次世代を生き抜く力として、論理的思考力、創造性、問題解決能力という武器を授けることである。
文科省が公表している「小学校プログラミング教育の手引」では、プログラミング教育を通じて「プログラミング的思考」を育むとしている。ちょっと長いが、手引から引用しよう。
「自分が意図する一連の活動を実現するために、どのような動きの組合せが必要であり、一つ一つの動きの対応した記号を、どのように組み合わせたらいいのか、記号の組合せをどのように改善していけば、より意図した活動に近づくのか、といったことを論理的に考えていく力」
この文章には、実に当たり前のことが書いてある。自分がやりたいことをやり遂げるためには、何と何が必要で、それをどのようにどういう順番で作ったり行ったりしていけばいいのか。1回やって上手くいかなかったときに、どこを変えてやり直せばいいのかを、情緒ではなく、考えることで解決していく力である。
これは要するに、社会で生き抜く力だ。もっと言えば、自分がやりたいことを、与えられるのではなく自分で見つける力、1人の力ではできないことを、周囲の人に協力してもらって遂行する力をも含むだろう。本来、学校教育とは、すべてこれを目指してきたのだ。
目的は、誰だって設定することができる。お金持ちになりたいとか、10キロやせたいとか、空母を作りたいとか、やりたいことはすぐに思いつく。
それを実現する手段も、まあ何となくイメージできる。働けばいいだろうとか、食べなければいいだろうとか、板金を溶接していけばいいんだろうかとか、想像はできる。
でも、それは自分事ではない。誰かすごい組織力や資金力を持っている「自分とは別の人」がやる作業である。だって、自分にはできそうもないもの。それを、自分でできるくらいにブレイクダウンする作業が必要なのだが、ここがとても難しい。
会社に入ればWBS(Work Breakdown Structure:これを実行するのは無理だろうと思うくらいの大きな仕事を、中くらいの仕事、小さな仕事と分割していき、「これなら自分にもできそうだ」とやる気を確保したり、「これならいくらでいつまでにできる」と予算や日程の見通しをつけられるようにすること)くらい新人研修で教えてくれる。
だが、小学生や中学生にとって、今の社会や情報システム、コンピュータ、スマホはあまりにも高度な魔法になっていて、これを使って何かしようと思っても、何をしたらいいのかがわからない。
でも、これらもふつうの仕事と同じ。最終目標は空母を作るといった、雲の上のような大きなものでも、ネジ止めのような作業はどこかで必要で、それは自分にもできそうである。そして、どんな大きな建造物や高度な情報システムも、そうしたシンプルな作業や仕事の集積によってできているのだ。
以前は基本4教科や基本5教科を通じて、こうした事実を学んでいた。でも、社会のしくみが変わって、既存教科ではなかなかそれが実感できなくなってきた。だから、ツールとしてプログラミングを取り入れる。
大きな作業を分解していく、その分解した後の大きさも重要である。たとえば、大人は「はみがき」と言われればどんな仕事かわかる。
でも、幼稚園の子には、「歯ブラシを手に取って、歯磨きペーストを付け、歯に直角に当てて高速に往復運動をする」と説明しなければならないかもしれない。さらに別の子にとっては、歯ブラシの定義から教えてあげる必要があるかもしれない。
人によって、どこまで指示を分解していけばいいかは、変わるのだ。
統一した価値観(大きな物語)や単一の民族のもとで暮らしていればいざ知らず、あらゆるものが多様化し相対化し人材の流動性も高まった現代においては特に、相手一人一人によって、適切な仕事の指示の仕方は変わってくる。
現代は、多様化したがゆえに、こうしたコミュニケーションコストが非常に高くつく時代なのである。だから、どの企業も、欲しい人材の条件として、「コミュニケーション能力」を掲げるのだ。
コミュニケーション能力とは、円滑な意思の疎通をはかり、目的を達成するために発揮されるものだ。だから、べらべらしゃべれることがコミュニケーション能力ではない。
相手がしてほしいことを感じ取る能力、相手にとって最適な指示の仕方が理解できる、ということこそが、コミュニケーション能力を構成する大事な基盤なのである。
目的達成のために必要な要素、その分解、組み合わせ、効率化、そして創造性の発揮。これら社会をサバイブしていくのに必要な能力は、プログラミングの中にほぼ揃っているのだ。
※
以上、岡嶋裕史氏の新刊『プログラミング教育はいらない~GAFAで求められる力とは?』(光文社新書)をもとに再構成しました。キモは、プログラミングではなく「プログラミング的思考」なのです。
●『プログラミング教育はいらない』詳細はこちら