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日本の宿泊施設を変える「星野リゾート」秘策はマルチタスク
ライフ・マネーFLASH編集部
記事投稿日:2019.04.28 06:00 最終更新日:2019.04.28 06:00
星野リゾートは、いま日本で最も注目される宿泊施設の運営会社である。観光が注目される昨今、星野リゾートの進取性や柔軟性は時に絶賛され、時に物議を醸し出す。
たとえば、1人がフロント、客室、レストランなどあらゆる仕事をこなし、多様な働き方をする「マルチタスク」も大きな特徴だ。
人件費を最小限に抑えて価格を安くする施設では馴染みやすいが、星野リゾートのように安価ではない料金体系の施設における親和性はどうなのだろうか。ある程度の料金をとっておきながら、それぞれ専門の職人的なスタッフではなく「掛け持ち」とは何だという利用者の声もある。
この点について、星野佳路代表はどう考えているのか、インタビューを試みた。
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――マルチタスクは経営者にとって都合が良い?
星野 マルチタスクに関しては、私の中にはいろいろな思いがあります。ちょっと悪い言い方ですけど、父から旅館を引き継いだ時に「カースト制度」があると思ったんですね。
つまりフロントにいる人は大卒、板前さんたちは「包丁一本、さらしに巻いて」っていうような何か流れ者的な人たち、部屋を掃除している人は給与の安い人のような。ホテルの中で身分差別があるのがすごく嫌でした。
料理が美味しくないとお客様が言っているのに調理場へは言いずらかったりとか。調理場へ入っていくと怒鳴られたり、怒られたりします。お客様が早く出してくれって言っているのに調理場へはなかなか言えない状況がありました。
――上下関係ということでしょうか?
星野 ポジションごとに役割分担があるならよいのです。ただ、それに上下関係がある。調理場でいえば、旅館やホテルのオーナーは自分で調理できないですから、結局、調理場に人事権を取られてしまうのです。
給与を並べるとだいたい調理場が高いようです。ハウスキーピングは一番下でフロントが真ん中だったりします。本来の公平性を持って評価に基づいて払われていません。ここが私のマルチタスクに対する考えの原点となっています。
つまり、みんなでお客様のためにやれる仕事をやろうよ、と。なぜフロントで何もしない時間に立っているのだろうか。部屋を掃除している人たちがいる時に手伝えないのだろうかと。掃除の人たちだって、お客様がいらした時にお迎えして部屋に案内するというのはできるじゃないかと思いました。
――調理場だけは聖域?
星野 調理場の中の仕事だって可能です。軽井沢で1991年に父の旅館を引き継いだ時、なんで軽井沢の山に来ているのに海のものを出すんだとお客様から言われたことがありました。
板前さんは「あんまり料理ができるレパートリーがなくて、どうしてもそういう単純な刺身になってしまう」みたいなことを言っていました。
そのことをハウスキーピングをやっているスタッフたちに話すと、軽井沢の食材のことをむしろよく知っていたりとか、キノコの種類をたくさん知っていたりとか知識に富んでいる。
――マルチタスクと聞くと人件費圧縮など経営側の論理というイメージでしたが、星野リゾートの人件費はマルチタスクをする場合としない場合で同じですか?
星野 まったく同じです。ただし頭数は少なくなります。たとえば一般的なホテルで、セクションごとに最適な人数を計算すると、それぞれ10人ずつ必要だとします。セクションごとに仕事が細分化されていると、繁忙期や欠員が出る場合に補充しなければいけないので、どうしても人が多くなります。
一方、マルチタスクにした場合、たとえば休みの人が出ても、同じ仕事を別の人ができるので、30人雇う必要がありません。 だから一人ひとりの人件費はむしろ上げやすくなりますし、実際に星野リゾートでは上がっています。
宿泊業界は一人当たりの年収が低いことで知られていますが、やはり高くしていかなければならない。高くしない限り、地方で若く優秀な人を長く雇うということはできません。
——効率は良さそうですね。
星野 また当時の経験談で恐縮ですが……たとえば大卒のスタッフを雇った際に、料飲サービスに入ってもらうとします。旅館の料飲は、朝食と夕食の提供しかありません。
朝食の時間に働いて、間がなくて夕食の時間に働かなければなりません。労働時間は朝7時から夜9時までです。長時間労働ですが、真ん中に仕事がないじゃないですか。だから一度帰ってもらうんですね。これを「中抜けシフト」と呼んでいます。
中抜けシフトは、残念ながら若い人に人気がありません。それはそうですよね、朝7時に出勤してきて一回帰って寝てください、夜の夕食の時間にまた出てきてくださいというのは、自由時間がありませんから不人気です。これも旅館の働き方で大きな問題です。
ところがマルチタスクにすると、朝7時に朝食のサービスをしてもらって、チェックアウトを担当してもらい、部屋を2部屋、3部屋掃除したらもう帰ってくださいと。7時に来たら15時に帰れます。こうしたシフトが、若い人たちに地方のホテルや旅館に入社してもらうためにはどうしても必要なのです。
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以上、瀧澤信秋氏の新刊『辛口評論家、星野リゾートに泊まってみた』(光文社新書)をもとに再構成しました。星野リゾートは他のホテルと何が違うのか? 辛口で知られるホテル評論家が約3年をかけて徹底取材。
●『辛口評論家、星野リゾートに泊まってみた』詳細はこちら