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元DeNA井手正太郎、地元宮崎の農産物販売でヒットを狙う
ライフ・マネーFLASH編集部
記事投稿日:2019.05.23 20:00 最終更新日:2019.05.23 20:00
野球ファンなら、井手正太郎(35)という名前をご存じだろう。野球の名門校、宮崎県の日南学園高校に一般入学し、1年生のときからレギュラーに。3年生時には、「第83回全国高等学校野球選手権大会」に三番・レフトとして出場した。準々決勝で敗れたが、打率6割を超える大活躍をした。
その後、「アジアAAA選手権」の代表に選出され、打撃部門で三冠王に輝いた。2001年度のドラフト会議では、福岡ダイエーから、8巡目で指名された。
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「ダイエー、ソフトバンクに8年間、横浜、DeNAに7年間在籍しました。でも、いちばんの転機は2016年、33歳でプロ野球選手を引退したとき。そこから、第二の人生が始まりました。
引退後は、職員契約をして、球団に残りました。サラリーマン生活をしながら、『2、3年かけて次の仕事を考える』という気持ちでいました。
ところが1年めのシーズン終了後に、『来年は契約をしない』と通告されました。あまりにも突然のことで、一瞬頭が真っ白に……。明日からどうしようと、途方に暮れました。
僕にできることは野球と、郷里の宮崎の農・畜産物を扱うことぐらい。農業と畜産で勝負するしかないと思い、その年の12月に、(株)ニーロクを設立しました」
社名の「ニーロク」は、横浜、DeNA時代の背番号「26」から。仕事の中心は、宮崎県の農・畜産物の販売。起業したのは、1年間の球団職員経験で、サラリーマンに向いていないことを実感したからだった。
「プロ選手として15年間生きてきたから、仕事をやったらやったぶんだけの対価が欲しかった。仕事をしてもしなくても、給料が変わらないサラリーマン生活は、性に合わなかった。
自分が頑張ることで年俸が上がったように、いまの仕事は自分次第で売り上げが伸びる。そういう状況を、自分で作ったのです。
選手時代は、来た球をただ打つというスタイルだった。打席の中であまり考えず、とりあえず振ってみる。次はスライダーだ、ストレートだと予測はしませんでした。来た球に対応する。当然、対応できるときと、できないときがあります。
なかには、球種にヤマを張って打つ選手もいます。僕もやってみたのですが、本当にその球が来ると、『アッ、本当に来た』と思って、逆に反応がワンテンポ遅れてしまう。それ以来絶対にやりませんでした。
仕事も同じだと考えています。もちろん勘だけで取り組むわけではないですが、これはいけそうだと思ったら、まずやってみる。経営者として、野球の経験が役に立っています」
井手さんは、宮崎県小林市の出身で、実家は牛の畜産農家だ。両隣にはマンゴー農家とメロン農家。彼らが売れなくて困っている「B級品」に目をつけた。B級品は、見栄えが少し悪かったりするだけで、味は高級品と変わらないという。
そこで井手さんは、「中実美人」と名づけ、マンゴーとメロンを販売した。販路を増やせば農家も喜ぶ。今後は、宮崎の日向夏や金柑も「中実美人」として売るつもりだ。しかし、果物は季節商品。年中売れるわけではない。
「タイミングよく養豚業の幼馴染みから、『豚もやってくれないか』と頼まれて、通年商品の柱ができました。そこで、『ニーロク豚』という名で商標登録をして、ブランド豚として売っています。
うまみ成分のイノシン酸が、通常の豚の2倍含まれていて、脂身が美味しい。ヒレやロース、バラはそのまま卸して、ほかの部分はすべてミンチにして、飲食店に卸しています。いまは、豚肉が商売の軸です」
宮崎県産の野菜、豚肉、果物を扱えるため、2020年はレストランの開店を目指して、準備を進めている。
「ベイスターズにもいたので、地元の関内あたりでできたらいい。ファンの方にも、喜んでいただけると思います」
4月下旬からは「ニーロクオンラインストア」を始め、忙しくなった。だが、野球も忘れていない。毎週木、金、土の夕方、バッティングセンターで予約制の打撃指導に携わる。
「野球とは、今後もいろいろな形で関わっていきます。ゼロになることはありません」
郷里の農業、畜産物販売に加え、レストラン経営という「三冠王」を目指して、井手さんは第二の人生を突き進む。
(週刊FLASH 2019年5月28日号)