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秘蔵カラー写真で見る「60年前の日本」広島と長崎の爆心地

ライフ・マネーFLASH編集部
記事投稿日:2020.03.14 11:00 最終更新日:2020.03.14 11:00

 1956年3月、駐留米軍の軍属として初来日したJ・ウォーリー・ヒギンズ氏は、日本人女性と結婚後、国鉄の国際部の仕事を手伝うようになった。

 

 鉄道好きだったヒギンズ氏は、以後、趣味と実益を兼ねて日本中を旅し、当時貴重だったカラーフィルムで、鉄道写真を中心とした日本の風景を撮り続けた。その貴重な写真を、順次公開していく。

 

 

 

秘蔵カラー写真で見る「60年前の日本」広島と長崎の爆心地

爆心地付近(広島県)1957年4月26日

 

 1964年の東京オリンピックを前に、日本の街の風景は大きく変わった。変化したのは、決して東京だけではなかったのだ。原爆で廃墟になった広島と長崎も、この時期、大きく発展した。

 

 これはグラウンド・ゼロの付近を撮った写真だ。グラウンド・ゼロとは爆発のあった直下のことを指す。このあたりが一番熱がひどかったということになる。

 

長崎市内(長崎県)1959年4月11日

 

 一方の長崎。浦上教会と爆心地付近だ。聖堂は再建築の工事中だった。

 

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