2008年の金融危機の際に利益を上げたことで知られる、世界最大級のヘッジファンドであるブリッジ・ウォーター・アソシエイツの創業者で、203億ドルの純資産を持ち、世界88番目の富豪としてランクインするレイ・ダリオの成功の秘訣は、サイクルを見極めたことにあったという。
世界の近現代史を500年という単位で俯瞰したレイ・ダリオは、「不思議なサイクル」を見出し、資産を形成したと自ら述べている。
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本来、彼は目の前の利益だけに関心を持つファンドマネジャーだ。それが、歴史の周期に注目するようになったのは、1971年8月15日に起きた「ニクソン・ショック(ドル・ショック)」がきっかけだったという。
この時、レイ・ダリオは22歳。当時、ニューヨーク証券取引所で事務員として働いていたが、ニクソン大統領が米ドル紙幣と金の兌換を一時停止すると発表したことで、若き日のレイ・ダリオは株式市場の株価大暴落を予想した。ところが予想に反し、この日の株価は4%上昇した。
ショックを受けたレイ・ダリオは、通貨の切り下げが株式市場に影響を与えた過去の事例を徹底的に調べた。そして、その理由を分析する過程を通じ、過去の歴史を理解することで経済の動きを予測することができると悟った。こうした考えから、彼は、過去500年を振り返り、「不思議なサイクル」を分析するようになる。
■国家の衰亡サイクルと人のそれとは似ている
レイ・ダリオは、16世紀以来、世界的に貿易を牛耳っていたオランダから、大英帝国、アメリカへと覇権国家が移り変わった時代を研究することで、未来に役立つ法則を見出そうとした。その結果発見したのが、「重要な国家の存続期間は約250年」「経済や政治の周期は50~100年程度」という原則だった。
ダリオは国家の寿命を、人生になぞらえている。親などに庇護され、学校で学ぶ10代後半~20代前半までが人生の第1段階。社会に出て働き、家庭を築いて引退するまでの時期が第2段階。そして、社会的な義務から解放され、死に向かう準備を行う時期が第3段階であるなら、国家もこの3段階を経て、生から死への過程を踏むというのである。
たとえばオランダの場合は、ハンザ同盟(中世後期における北ドイツの都市同盟)に代わってバルト海貿易の覇者となった15世紀から、宗主国スペインから事実上の独立を果たした1609年までが第1段階だといえるだろう。
その後、オランダ東インド会社や西インド会社を設立して海外進出に乗り出し、アジアからアフリカまでの航路を開拓して世界中から巨万の富を集めた17世紀前半が、第2段階。
そして、17世紀に入って3度にわたり繰り広げられた英蘭戦争(第三次英蘭戦争は1674年に終結)の前後からオランダの衰退期が始まり、17世紀末に世界市場における覇権を失った時期が第3段階。
この合計期間が、まさに250年間に相当する。
ちなみに、アメリカが独立宣言を発したのは1776年。ダリオの説によれば、アメリカが1サイクル=250年の終焉を迎えるのは、2026年ということになる。
レイ・ダリオは、2021年11月末に米国で発売された最新刊『Principles For Dealing With The Changing World Order: Why Nations Succeed Or Fail(変化する世界秩序に対処するための原則:なぜ国家は成功し、失敗するのか)』の中で、今後10年で米国で内戦が起こる可能性が30%ほどあると予測する。
その理由として、統治のルールが「無視されている」ことと、現在アメリカで見られる「例外的なほどの二極化」を挙げている。またダリオは、近年、共和党員と民主党員の間で感情的な対立が高まっていることを問題視している。
2019年の「ピュー・リサーチ・センター」による調査では、共和党員の55%、民主党員の47%が、相手を他のアメリカ人よりも不道徳だと見なしており、共和党員の61%、民主党員の54%が、相手の政党の者は自分の価値観を共有していないと答えている。さらに、民主党員の79%、共和党員の83%が、相手の党員に対して「冷たい」または「とても冷たい」感情を持っていると答え、民主党員の57%、共和党員の60%が「とても冷たい」を選択。
別の調査では、民主党員の80%が「共和党は人種差別主義者が跋扈している」と考え、共和党員の82%が「民主党は社会主義者が跋扈している」と考え、さらに共和党員の15%、民主党員の20%が、対立する政党の過半数が死ねば国が良くなると考えているという結果を提示した。
ダリオは、内戦で終わる「内的秩序と無秩序のサイクル」の6つの段階を指摘し、米国は現在、第5段階である「悪い財政状態と激しい対立」の状態にあると主張する。
■国家が衰退するメカニズム
国家が衰退段階に入っていく原因はいくつもあるが、その中で大きいのが、「生産効率性の低下」による。国家が成長すると、そこで暮らす国民もまた裕福になる。その結果、楽を求めたり、人件費が上がって、生産効率性が悪化する。一方、新興国家は人件費が安く、先進国の技術を生かして、短期間で安価な製品を生み出すことができる。
たとえば上昇期のイギリスでは、造船業者がオランダ人技師を雇って造船ノウハウを手に入れ、人件費の安いイギリス人労働者を使って、費用対効果の高い船を続々と建造した。これが、オランダの造船業をイギリス造船業が凌駕したメカニズムである。
国民から勤労精神やチャレンジング・スピリッツが失われてしまうのも、衰退の第一歩だ。
上昇段階の国家では、国民はまだ貧しいため、より豊かな生活を渇望して、多くの人々が身を粉にして働く。
ところが彼らの子どもたちは、十分に豊かになってから生まれ「贅沢病」にかかる。3K仕事や長時間労働を嫌い、より享楽的な暮らしを求めてしまう。日本でいえば、高度成長期に会社を興した創業者と、後を継いだ2代目・3代目経営者が、ちょうどこうした関係に相当する。
生き残りを果たした創業者の多くはバイタリティ豊かで、強烈な上昇志向を持ち合わせている。これに対し、2代目・3代目は温室育ちで、ピンチに弱い。併せて、社会が保守化するのも特徴だ。
そして、基軸通貨国や準基軸通貨国が陥る罠が、「借金の増大」である。
彼らは自国の通貨が強いため、成長が止まっても国家を維持するために、必要な金を他国から容易に調達することが可能だ。それは、短期的には国家にとってプラスに働くが、長期的に見れば財政の悪化をもたらす。そして、何らかのきっかけで自国通貨の信用が低下した時、一気に崩壊する。
オランダの場合は、貿易戦争の勝者となったイギリスに敗れたことで、ギルダーの価値が一気に損なわれてしまった。その後、イギリスのポンドが基軸通貨の座からすべり落ちたのは、第一次世界大戦費によって自国経済が立ち行かなくなったのが原因だ。
そしてアメリカはいま、帝国の基盤ともいえる巨大な軍事費の負担に耐えきれなくなり、米ドルの地位を危うくさせている。
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以上、高城剛氏の新刊『いままで起きたこと、これから起きること。~「周期」で読み解く世界の未来~』(光文社新書)をもとに再構成しました。これからの10年、あらゆる分野で大きなサイクルの転換点が重なります。時代の大波を知る方法とは?
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