「今年1月、私は出勤途中に3台の玉突き事故を起こしました。たしかに私のせいですが、寝不足もあったと思う。勤務先まで1時間。7時出勤なので、5時45分に家を出ていたからです」
こう語るのは「アリさんマークの引越社」の現役社員Aさん(34)である。事故後すぐに、会社から48万円を弁償するよう命令が下りた。じつは同社には「弁済金」制度がある。荷物を破損したり車両事故を起こすと、従業員が損害を負担させられるのだ。ときには数百万円の弁償を求められることもあるという。
Aさんも3年弱で20万円以上の弁償をしていた。そこに降りかかった48万円の請求。やむなく「引越社友の会」から金を借り、毎月1万円、給料から天引きされることになった。
「天引きで給料が減るので、休日も働いてまた事故や破損を起こす。会社に借金があるから辞めたくても辞められない“アリ地獄”です」
不満が爆発したAさんは、個人加入の労働組合「プレカリアートユニオン」に入り、未払い賃金の支払いや弁償金の返還などを求めた。
「ドライバー時代は、朝7時から遅いと25時までの長時間労働。月393時間働いたこともありますが、残業代はたった3万円。もう限界でした」
労組に加入したAさんに会社は冷たかった。上司から「入札がなかったので来期は本部勤務」と通告された。入札とは、支店長同士が人材を取り合う仕組みで、いわばドラフト制度のこと。
だが、どこからも声がかからなかったAさんは、顧客対応のアポイント部に配属された。この配置転換で、営業職時代にトップの成績を収めたこともあるAさんの給与は、およそ35万円から18万円に半減した。そしてまもなく、シュレッダー係への配転を命じられる。
「シュレッダー係は組織図にも載っていない部署で、事実上の追い出し部屋です。上司は配転理由を『短期間に2回も遅刻し、部署の士気に影響を与えたから』と説明しました。でも、1回は始発バスに乗っても間に合わず数分遅刻しただけで、もう1回は体調不良。もちろん、いずれも連絡はしています。要は、社内への見せしめです」
今年7月、Aさんは配置転換を不服として地位確認訴訟を起こした。すると、朝礼で従業員80人の前で懲戒解雇処分を通告された。Aさんは懲戒解雇は無効だとして、地位保全を求める仮処分を申し立てた。解雇は撤回されたが、仕事は変わらない。
このことについて、「アリさんマークの引越社」井ノ口晃平副社長は次のように反論する。
「Aさんをシュレッダー係に配置転換したのは、見せしめではない。入札で支店長から声がかからなかった、それだけです。うちは時間厳守を重視していますが、彼は遅刻が7回もあった。あげく事故を起こして謝罪にも行かない。長時間労働というが、彼は事故前にはけっこう休んでいたんです。その記録は裁判所に提出しています」
また、“アリ地獄”を生む弁済金制度については、こう話している。
「全額弁償ではなく、最高で30%。事故の内容によって負担額が変わる免責制度も以前からある。納得できない場合は、不服申請することもできるんです」
工学部出身のAさんは「年収1000万円も可能」という謳い文句に惹かれて「アリさんマークの引越社」に入社した。いつか営業職に戻るため、いまもシュレッダーをかけるだけの毎日に耐えている。
(週刊FLASH 2015年11月10・17日号)